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会田稔

〔人物〕昭和29年7月26日、山形県天童市の会田栄治、愛子の長男に生まれる。 昭和50年10月日本大学商学部を中退し、11月から米沢の武田信吉について木地修業を開始した。 昭和51年12月に自宅へ戻り、以後父の会田栄治の… 続きを読む

高橋賢三

〔人物〕 昭和14年12月11日土湯の高定商店に生まれる。母は高橋仲代。昭和49年ころから阿部広史について木地を修業、阿部計英からの指導も受けた。昭和51年ころよりこけし製作を始めた。 〔作品〕 師匠は阿部広史であるが、… 続きを読む

平賀輝幸

〔人物〕  昭和47年3月1日、こけし工人平賀謙一の長男として宮城県作並に生まれる。 昭和62年ころからロクロに向かっていたが、正式な修業は高校卒業した平成2年3月からであり、こけしもこの時期から製作している。… 続きを読む

大沼秀顯

〔人物〕 昭和31年5月20日、宮城県玉造郡鳴子町湯元のこけし工人大沼秀雄、百合子の長男として鳴子に生まれる。昭和50年県立古川高校を卒業し、同年4月より父秀雄について木地修行を開始した。昭和57年のこけしまつりに初めて… 続きを読む

高沢紀市

〔人物〕 昭和16年12月26日の農業高沢三之助の三男として白石に生まれる。戸籍表記は高澤。昭和32年より、兄の高沢肇について木地を習得、また昭和49年より兄肇の師匠にあたる佐藤直樹についてこけし製作を学び、雅雄の型、伝… 続きを読む

斎藤伊之助

〔人物〕 明治26年山形県最上郡南山村肘折の農業斎藤永平の長男に生まれる。12歳の時、古口の寺へ小僧として出されたが、明治40年15歳で肘折に戻り、佐藤文六について木地の修業を行った。当時尾形政治は斎藤永平の家の下屋を木… 続きを読む

河村辰治

明治13年9月1日、秋田県由利郡本荘の佐藤與吉・タケの四男に生まる。姉キクの夫である國松美登里より木地を習得した。佐藤家も國松家も本荘二万五千石に仕える士分の家であったが、維新後の失業時代であったため手に職を付ける必要が… 続きを読む

奥山喜代治

〔人物〕 明治38年3月3日、山形県北村山郡大久保村(現村山市)大原の農業篠沢金蔵・いしの三男として生まれた。〈こけし辞典〉では父の名を篠原金蔵としているが篠沢が正しい。大正10年6月17歳のとき肘折へ行き、同郷大原出身… 続きを読む

佐藤英太郎

〔人物〕昭和14年8月13日遠刈田新地、佐藤秀一、ハルヨの長男として遠刈田新地に生まれる。父秀一は昭和19年に戦死したため、大黒柱を失った一家の生活は大変だったという。なお戦時中に出征中の秀一家を訪ねた菅野新一の文に「絵… 続きを読む

会田愛子

〔人物〕 昭和8年11月25日生れ。 山形県天童市・会田栄治の妻女。会田栄治・稔と同様に神尾長八型のこけしを描彩する。 〔作品〕 〈東北のこけし〉50頁に平成7年作の髷こけしが掲載されている。 平成24年1月の東京こけし… 続きを読む