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煤孫茂吉

〔人物〕  明治11年8月5日、岩手県稗貫郡花巻川口町大字里の農業煤孫藤次郎・ナカの次男に生まれる。5、6歳の頃より祖父の生家であった台温泉の小瀬川金次郎宅で養育され、明治21年11歳で小学校を卒業すると、その… 続きを読む

佐藤七之助

〔人物〕  明治33年1月21日、岩手県江刺郡岩谷堂に生まれる。父は大工であったが、七之助は身体が弱く、家業を継ぐのが難しいと思われたので、15歳の時及川吉三に師事してダライバンによる木地挽きを学んだ。 及川吉三はこの当… 続きを読む

安保一郎

〔人物〕 南部の木地業は古く、二戸郡浄法寺周辺で、平安期高倉天皇の時代頃から南部椀の製作を始めたと伝えられる。 浄法寺にある天台寺は天台宗の古刹で、ここで自家用の漆器を作り始めたのが浄法寺漆器の始まりであり、浄法寺御器と… 続きを読む

佐藤甚吉

〔人物〕 明治34年3月24日、山形県最上郡戸沢村字金打坊の農業佐藤甚蔵の家に生まれる。父甚蔵の姉サクは最上郡及位の木地業佐藤文六の後妻となっていたので、甚吉はその縁から大正2年13歳より佐藤文六について木地の修業をした… 続きを読む

坂下権太郎

〔人物〕 明治12年12月2日、岩手県下閉伊郡宮古の坂下茂兵衛・ヒデの二男に生まれる。明治26年15才の頃、盛岡に出て松田清次郎について木地の修業を行った。煤孫茂吉は兄弟子にあたる。年季明けする前に事情があり、宮古に戻っ… 続きを読む

常川新太郎

〔人物〕  明治40年4月29日、岩手県盛岡市紺屋町の常川正雄・タミの長男に生まれる。父正雄は南部板駒の復興者として知られる。新太郎は仙台工芸指導所で木地技術を学び、その後しばらくの期間、仙台市日ノ出町の鈴木清の職人とし… 続きを読む

及位ロクロ木工組合工場

昭和9年、山形県最上郡真室川町及位の落合滝に、農林省農村振興助成金1,600円をもとにして設立された工場。 佐藤文六が中心になって働いたが、職人として佐藤甚吉、舟生門蔵、菅原富蔵がいたが、ほかに佐藤誠治、武田弘、今野高蔵… 続きを読む

佐藤正廣

〔人物〕 昭和13年7月27日、樺太豊原市の農業佐藤廣助の二男(八人兄弟の末子)に生まれる。終戦により一家は引き揚げ、宮城県宮城町に居を定める。昭和30年宮城町大倉中学校を卒業後、我妻吉助について木地を修業した。 昭和3… 続きを読む

佐藤兵七

〔人物〕   明治35年6月5日、福島県土湯温泉の佐藤嘉吉・スイの二男に生まれる。嘉吉は土湯の佐藤兵吉の次男で、膽沢為次郎について木地を修業した人。為次郎は兵吉の家の二階にロクロを据えて、足踏みロクロを土湯の工人たちに伝… 続きを読む

渡辺等

〔人物〕 大正12年2月10日、福島県土湯温泉上ノ町農業渡辺治作、イクの五男に生まれる。渡辺定巳は兄。昭和12年土湯尋常小学校を卒業後、土産物店さかえやを経営。昭和41年12月より一年間斎藤弘道と西山憲一について木地を学… 続きを読む