カテゴリー別アーカイブ: 遠刈田系

佐藤秀一(遠刈田)

〔人物〕 大正3年6月21日、佐藤直助、つるよの二男として遠刈田新地に生まれる。母つるよは秀一のほか三女を生んだが、大正4年に39歳で亡くなった。昭和3年遠刈田高等小学校卒業後、見習工として北岡工場へ入所、父直助につき木… 続きを読む

佐藤文助

〔人物〕  明治34年11月23日、佐藤文平・つねの次男として青根温泉に生まる。父文平は遠刈田の佐藤文吉の二男で、佐藤周右衛門の姪つねと結婚して入り婿となっていたが、当時は青根の丹野倉治や小原仁平の工場で木地挽きをしてい… 続きを読む

高橋広平

〔人物〕 昭和3年8月25日宮城県刈田郡遠刈田温泉の木地業高橋林平の長男としてに生まれる。戸籍表記は高橋廣平。小学校時代から父林平の働いていた北岡木工所でロクロに親しみ、父林平や佐藤広喜の指導を受けた。昭和18年遠刈田尋… 続きを読む

作田隆

〔人物〕 明治33年3月24日、商業作田良瑞の次男として遠刈田温泉に生まれる。大正2年尋常小学校を卒業後、酒屋の番頭となったが、大正5年佐藤吉郎平の弟子であった兄栄利が年期明けして木地業を始めたので、隆も栄利に… 続きを読む

我妻与四松

〔人物〕 明治33年12月5日、遠刈田の鋤鍬柄師我妻与七の長男に生まれた。大正元年遠刈田尋常高等小学校を卒業後、吉田畯治の木地工場に入り、食費自弁の契約で働いた。当時吉田の木工所には、佐藤治平、佐藤倉吉(平沢出身、吉郎平… 続きを読む

作田栄一

〔人物〕 昭和4年8月14日、宮城県遠刈田温泉の同業組合検査官作田栄利の長男に生まれる。作田隆は叔父、作田孝一は従兄弟にあたる。昭和18年高等小学校卒業後、塩釜海員養成所に入り、昭和19年より上船勤務に服した。下田で終戦… 続きを読む

佐藤松之進

〔人物〕明治8年5月20日、佐藤友治・いちの長男として遠刈田新地に生まる。戸籍名佐藤松之助。古い文献では明治5年生れとされているが誤りである。明治14年小学校入学以来、学校の帰りに、本家の友吉のこけし描彩等を熱心に見てい… 続きを読む

佐藤照雄

〔人物〕大正8年6月30日、佐藤豊治二男として遠刈田温泉に生まる。佐藤三蔵は五男、佐藤里見は六男でそれぞれ照雄の弟にあたる。昭和6年小学校卒業後、上京してブリキ玩具製作所で働いたが、昭和9年に倒産したため福島仲間町に移り… 続きを読む

佐藤静助

〔人物〕明治34年9月15日、佐藤周吾・イシの長男として宮城県柴田郡川崎村青根温泉に生まる。朝倉家へ養子に行った英次は静助の次弟にあたる。大正3年より父周吾につき木地挽を始め、盆、鉢、こけし、玩具類等を作った。大正6年こ… 続きを読む

佐藤武雄

〔人物〕 大正3年6月22日宮城県秋保の佐藤三蔵、よしの長男に生まれる。小学校卒業後、昭和元年ころから父三蔵につき木地修業を開始した。この頃三蔵の仕事場では弟子の菅原庄七が働いていたので、実際の指導は庄七によるところが大… 続きを読む