カテゴリー別アーカイブ: 歴史

木村弦三

きむらげんぞう 戸籍名は木村哲也。木村源蔵あるいは弦三の筆名を用い、こけし界では木村弦三として広く知られる。 津軽系こけしの復興に貢献した青森県弘前市のこけし研究家・蒐集家。 温湯、大鰐を中心に津軽地方の木地師たちにこけ… 続きを読む

たつみ

東京でこけしを扱った店。店主は森亮介(本名 二良)。 戦前昭和16年に開業した第一次たつみ(麻布霞町1番地 昭和16年~昭和18年5月)、戦後の第二次たつみ(板橋区仲宿27 昭和35年の約8ヶ月)、第三次たつみ(中野区鷺… 続きを読む

沢口悟一

大正から昭和にかけて活躍した鳴子出身の漆工芸研究家。 明治15年3月19日、宮城県玉造郡鳴子に生まれる。父は鳴子漆器改良組合長であった沢口吾左衛門。東京美術学校(現・東京芸術大学)を卒業。東京工業試験所に所員として務めた… 続きを読む

沢ロ吾左衛門文書

明治21年4月、鳴子漆器改良組合長沢口吾左衛門は、宮城県知事に鳴子の各種職工、生産額および販路に関する報告書を提出した。その控えとして手元に残していたものが西田峯吉によって〈鳴子・こけし・工人〉に掲載紹介された。その控え… 続きを読む

ハズミ車応用足踏みロクロ

こけし工人が使用していた轆轤(ロクロ)の一形態。 ロクロの発展は、二人挽きロクロ(手引きロクロ)から、箱根あるいは東京で開発された一人挽き(足踏みロクロ)へ進み、東北各地の木地師へは、東京本所で共に働いていた田代寅之助、… 続きを読む

二人挽き轆轤

ににんびきろくろ。轆轤(木工ロクロ、木工旋盤)の一種。 二人挽きロクロの形態・機構 橘文策〈木地屋のふるさと〉(未来社・昭和38年)「轆轤の変遷」の章に詳しく、ロクロの図を掲げた小文献の一つ〈和漢三彩図絵〉の註より、下記… 続きを読む

伊藤長作文書

山形県最上郡舟形町長沢の伊藤長一の家に伝わった木地寸法帳の「覚」。 この文書の最初の報告者は東京こけし友の会の会員吉田健次で、〈こけし手帖・56〉(昭和39年)にその発見の経緯と概要が紹介された。そのときに長一から下記の… 続きを読む

尾形政治商店

明治33年ころから昭和25年ころまで山形県最上郡大蔵村肘折温泉で営業し、土産物、木地製品、玩具、こけし等を扱った商店。昭和4年までは木地工場も経営し、多くのこけし工人がここで働いた、 尾形政治は、慶応元年山形県飽海郡南平… 続きを読む

キナキナ

主に南部系の工人によって作られる、頭部がくらくらと動く小寸(10cm程度が定寸)のこけしをいう。キナキナは頭部が揺れる様子の擬態語である。 産地は、盛岡、花巻を中心とした岩手県、および秋田県の一部を含む。キナキナの作られ… 続きを読む

及位ロクロ木工組合工場

昭和9年、山形県最上郡真室川町及位の落合滝に、農林省農村振興助成金1,600円をもとにして設立された工場。 佐藤文六が中心になって働いたが、職人として佐藤甚吉、舟生門蔵、菅原富蔵がいたが、ほかに佐藤誠治、武田弘、今野高蔵… 続きを読む