カテゴリー別アーカイブ: 工人

星としえ

〔人物〕昭和32年12月16日、公務員首藤正男、盛子の二女として宮城県登米郡東東和町米川に生まれた。高校卒業後、三重県四日市市富田の東洋紡績に就職、働きながら四日市の暁学園短期大学第二部幼児教育学科に学び、昭和52年3月… 続きを読む

加藤昭子

〔人物〕昭和17年2月16日、岩手県盛岡市松尾町で生まれた。昭和39年11月23日に結婚。海谷吉右衛門型を継承していた小塚錠一は、木地作業が年齢的に辛くなり、昭和62年頃より遠刈田の大宮正男に木地を依頼するようになった。… 続きを読む

小塚錠一

〔人物〕大正8年3月7日に愛知県名古屋市に商業を営む小塚栄之助、しめの長男に生まれた。9人兄弟で男6人(戦死2人)女3人であった。錠一は復員後に名古屋市で衣料品の卸売り販売の会社を興し、戦後にたねと結婚した。子供も誕生し… 続きを読む

村上玉次郎

〔人物〕大正15年11月21日、岩手県気仙郡盛町の木地業村上蔵吉、とも江の次男に生まれる。母とも江は遠刈田の佐藤寅治の娘で、佐藤護の姉にあたる。父蔵吉は遠刈田の佐藤善八について木地を学んだ人、及位や肘折でも木地を挽いた。… 続きを読む

小林正太郎

〔人物〕明治33年生まれ。戦前は東京の荒川区で営業していた木地師で腕の立つ工人だった。特に小物挽では名人といわれた。妻女しずえは宮城県秋保出身だったので、戦時に一家は秋保に疎開転住し、木地業を続けた。昭和23年、秋保中学… 続きを読む

笹沼兼吉

明治7年10月7日、山形市旅篭町の小林倉治二男に生まれた。南山学校(寺子屋)で学んだ。幼少のころから父倉治について木地を修業した。こけしが上手で盛んに作ったという。明治24年、阿部常松が一人挽轆轤の技術を伝えたが、明治2… 続きを読む

高橋詣治

宮城県遠刈田で修業した木地職人。所謂こけし作者ではない。 明治37年12月19日、高橋勇助、はるの二男として、宮城県柴田郡大河原町字福田に生まれた。明治42年、6歳のとき白石町に移り、白石第一小学校を卒業後、大正7年、1… 続きを読む

佐藤寅之助

〔人物〕明治36年2月28日、山形県大蔵村肘折に生まれた。父は遠刈田出身の佐藤周助、母は大蔵村清水の佐藤カンの娘イサ。12歳のとき川崎市北見方の農家に年期奉公に出され、21歳までそこで働いた。徴兵検査で帰郷後、横山仁吉の… 続きを読む

盛元吉

明治7年8月8日、青森県温湯温泉の養蚕業盛與助、はるの長男に生まれた。貞吉、角太郎、慶太郎、慶次郎、健蔵、しえ、しよの弟妹がある。 明治28年、温湯の毛利與七の妹のよしと結婚した。よしとの間に秀太郎、栄太郎、みさ、まる、… 続きを読む

佐藤七蔵

こけしの作者佐藤文助の祖父。 嘉永6年8月21日、宮城県刈田郡宮村遠刈田新地の木地業佐藤亥之松の五男に生まれた。父亥之松や祖父七右衛門について木地の技術を学んだ。佐藤友晴著の〈蔵王東麓の木地業とこけし〉によると、明治5年… 続きを読む