小椋英二

〔人物〕 昭和20年3月24日雄勝郡皆瀬村木地山、小椋留三・ハルエ夫妻の次男に生まれる。中学校在学時より山仕事及び本家(久太郎)の木地仕事を手伝う。中学校卒業後は正式に本家にて木地業に従事、留三や宏一とともに久太郎の木地… 続きを読む

佐竹辰吉

〔人物〕  明治28年(推定)栗原郡一迫町の農家に生まる。明治40年13歳ころ鳴子にきて高橋亀三郎の弟子となる。体は弱かったが腕の立つ工人であったという。久しく高亀の職人をつとめ、こけしも作った。昭和11年2月… 続きを読む

大沼岩蔵

〔人物〕  明治9年2月10日(旧暦明治 9年1月16日)、宮城県玉造郡鳴子町湯元の木地業大沼甚三郎・ときの長男として生まれる(一説に明治8年生まれともいうが戸籍上は明治9年である)。父甚三郎は大沼家の甚五郎次… 続きを読む

田中敦夫

〔人物〕 昭和13年3月6日、米沢市宇綱木の農業田中定男の五男に生まれる。昭和29年3月中学校を卒業後、米沢の機業仲買店で働き、また武田信吉の下で5ヶ月ほど働いた。小野川の岡崎直志の工場でもしばらく働いたというが詳細は分… 続きを読む

竹野銀次郎

〔人物〕 明治13年鶴岡に生まる。同市大宝町で木地業を営んだが、師匠、こけし製作の有無などについて問題の多い工人である。〈こけしと作者〉には、未亡人と息子鉄太郎の話として、温海の阿部常松に師事し、仕事振りはきわめて厳密で… 続きを読む

山本与右衛門

〔人物〕 明治26年岩手県盛岡市に生まれる。家は代々の木地師であったという。その後、一ノ関市に転居し、一ノ関でも木地を挽いた。 山本与右衛門のこけしは橘文策によって〈木形子談叢〉で紹介された。同書によると、橘文策は昭和9… 続きを読む

小島長治郎

〔人物〕 大正15年9月9日、宮城県刈田郡七ヶ宿町滑津の農業小島長三郎の長男に生まれる。昭和16年16歳の時、滑津の東北工芸五十嵐木工所にて鳴子の鈴木庸吉について木地を学んだ。昭和20年に年季明けして、昭和25年より独立… 続きを読む

阿部シナ

〔人物〕 大正9年7月27日、土湯の石材業加藤竹治・リキの五女に生まれる。昭和16年7月阿部治助の長男金一と結婚、金一との間には敏道がうまれた。昭和18年11月より治助木地に描彩を始めた。作品は治助名義で松屋で売られた。… 続きを読む