佐藤三蔵(秋保)

〔人物〕明治12年5月10日、仙台市生出村坪沼の郡山佐平の次男に生まれた。明治21年10歳の時、秋保村湯元字薬師の農業佐藤卯平治の養子となった。明治28年17歳のとき太田庄吉(秋保出身)に弟子入りした。〈こけしの追求)に… 続きを読む

朝倉公明

〔人物〕昭和24年11月21日、宮城県仙台市の朝倉英次、きぬの三男に生まれる。秀之、光洋は兄である。父英次の従兄弟にあたる遠刈田の佐藤照雄について木地を学んだ。昭和41年父英次が体調を崩してこけし製作ができなくなったので… 続きを読む

我妻勇

〔人物〕昭和9年8月10日、宮城県蔵王町七日原の農業我妻亀吉の六男に生まれる。昭和28年より、遠刈田新地の佐藤照雄に師事して木地業に就き、また昭和35年からは我妻吉助について技術を磨いた。昭和48年に白石で独立した。 &… 続きを読む

岡崎斉司

〔人物〕 大正15年2月5日、鳴子湯元岡崎斉・ふみよの長男に生まる。昭和15年3月15歳で鳴子高等小学校卒業後、父斉について木地を修業した。こけしは小学校時代より描彩を始めた。深沢要は〈こけしの追求〉に、「斉の長男斉司は… 続きを読む

遊佐泰雄

〔人物〕昭和17年5月17日、宮城県玉造郡鳴子町鳴子の公務員遊佐菊治、時子の三男に生まれる。本名は恭雄。昭和33年鳴子中学校を卒業後、4月より桜井昭二の弟子となり5年間修業した。年季が明けてからは「さくらい」の職人をして… 続きを読む

荒井雅雄

〔人物〕生年月日出身地など不明。山形市旅篭町で骨董店を長らく営んでいた。戦前の新型こけしの嚆矢のようなもので、各種の模様を描き木地は挽かない。〈鴻・第7号〉によると「天童向けのこけしに将棋の駒をあしらったものを描いている… 続きを読む

佐藤保裕

〔人物〕昭和35年11月21日、宮城県蔵王町遠刈田の佐藤今朝吉、みねの長男に生まれる。昭和56年より父今朝吉について木地の修業を始めて、昭和60年に自分の作品を発表した。 こけし工人六郷満の二女仁美と結婚して、仁美に木地… 続きを読む

渡邊和夫

〔人物〕昭和15年6月21日、福島県土湯温泉町上ノ町の木工業渡邊量作の長男に生まれる。祖母のハナは佐久間浅之助の三女で、明治21年生まれ、米吉と虎吉はそれぞれハナの兄と弟に当たる。 長く山仕事に従事していたが、昭和46年… 続きを読む

新山学

〔人物〕 昭和5年10月13日宮城県刈田郡福岡村八宮弥治郎の農業新山松治・まつよの三男に生まれる。母まつよは新山栄五郎の五女。 新山久志のすすめがあり、昭和46年4月より久志について木地を学んだ。農業や山仕事の傍らこけし… 続きを読む

松田重雄

〔人物〕昭和7年1月3日、宮城県玉造郡鳴子町の木地業松田初見の二男に生まれた。松田三夫は長兄、すみ子は妹、忠雄は甥にあたる。父初見、兄三夫について木地を学んだが、しばらくして転業した。その後、昭和45年より再び木地を再開… 続きを読む