藤井梅吉

〔人物〕明治31年6月5日、岩手県稗貫郡湯口村鉛の藤井梅蔵、トヨの次男に生まる。明治40年10歳のころ、藤友商店(藤友旅館)の職人をしていた小松留三郎や大沼岩蔵の弟子藤井幸左衛門より木地の挽き方を習った。明治45年鉛の藤… 続きを読む

上ノ山

上山市は山形県南東部にある人口約3万3千人の市。羽州街道の宿場町として栄え、現在は温泉で知られる。城下町・宿場町・温泉街の3つを兼ね備えた都市は、全国的にも珍しいとされる。街道沿いの下町に、湯町、新湯、下湯、河崎、高松、… 続きを読む

平賀貞蔵

〔人物〕 明治30年8月6日、宮城県作並の平賀太五郎二男に生まれる。明治45年16歳の時、兄謙蔵が夫婦で山形より戻り、作並で木地を開業したので、その弟子となった。こけしや玩具のほか、盆や茶櫃等も挽いた。 大正12年転職し… 続きを読む

島津彦蔵

 安政6年ころ島津茂兵衛長男として青森県南津軽郡山形村大字温湯字新道に生まる。島津家は代々温湯の古い木地師で、津軽こけしの探求者木村弦蔵(木村弦三)によれば津軽系の木地師は戦国時代から元禄時代にかけて山形地方から移住した… 続きを読む

西山濱吉

天保元年4月7日、福島県信夫郡土湯村の佐久間亀五郎の二男に生まれた。長兄は佐久間弥七、浅之助、作蔵は甥にあたる。木地の技術は父亀五郎より修得した。同村の西山長太郎長女サクと結婚し、西屋西山金作(戸籍名弥三郎)の夫婦養子と… 続きを読む

野矢里志

〔人物〕  昭和53年3月23日に会社員、野矢俊文、志津枝の次男として福島県耶麻郡猪苗代町川桁に生まれる。平成8年3月福島県立猪苗代高等学校卒業後、住宅関連の会社に就職する。平成25年10月より父の俊文に師事し木地修業を… 続きを読む

岡崎斉

〔人物〕  明治30年7月1日、宮城県玉造郡鳴子の岡崎仁三郎・とき(戸籍表記は旧かなの登記)の長男に生まる。斉吉(才吉)は弟である。鳴子尋常小学校を 卒業、高等科を1年で中退し、硫黄会社に入り約2年間勤務、その後鳴子ホテ… 続きを読む

斎藤健男

〔人物] 昭和4年11月29日、斎藤松助二男として蔵王温泉に生まる。昭和26年3月旧制日本大学付属高等工業学校機械科を卒業後、父松助や兄昭と共に旅館招仙閣を経営。昭和39年10月より独立して蔵王温泉川前で食堂兼土産物店銀… 続きを読む

平塚弥三郎

鳴子高橋亀三郎の弟子。山形県出身。大正初年高亀に入り木地を習得した。武男の話によれば「こけしを描くまでにならなかった」という。高亀をやめると鶴岡の竹野銀次郎の職人となった。大正13年没。詳細の経歴は不明。 こけしを作った… 続きを読む

浅虫

青森県青森市浅虫。東北地方で有名な温泉地の一つ。東北本線浅虫駅下車。一方を海に面し、三方を山に囲まれているため、木地業も盛んに行なわれた。最も吉いこけし作者と伝えられるのは、温 湯の斎藤宰兵衛の祖父の姉に婿養子として入っ… 続きを読む