地蔵型

土湯系の太子型と同じように、胴上部が膨らんで裾がくびれた作り付け小寸のものを地蔵型という。主な作者は佐藤文六、佐藤文吉、佐藤丑蔵であるが、遠刈田本来の型ではなく、遠刈田の大部分の作者が作る作り付け小寸は、肩のこけたこげす… 続きを読む

佐久間七郎

〔人物〕明治18年4月1日、福島県信夫郡土湯村字下ノ町の木地業湊屋の佐久間浅之助、ノエの五男に生まれる。〈こけし辞典〉記載の生年月日は弟米吉と混同しており誤りである。長兄由吉、以下粂松、常松、源六の兄が居り、弟に米吉、虎… 続きを読む

佐藤すみえ

〔人物〕 昭和24年11月18日、農業丹野優の二女に生まれる。昭和52年遠刈田の佐藤憲雄と結婚した。夫憲雄は佐藤照雄の長男、佐藤静助は照雄の従兄に当たる。昭和59年5月より憲雄の木地業を手伝いながら、こけしの描彩を学び、… 続きを読む

藤原新吾

〔人物〕 明治44年2月2日、岩手県五郎城藤原政五郎、ナカの二男に生まる。長男左兵衛は生後間もなくなく亡くなったので、新吾が事実上の跡取りであった。 木地は挽かなかったが、父政五郎の木地に描彩をしていたことが昭和43年柴… 続きを読む

梅木直美

〔人物〕 昭和43年2月1日、山形県山形市のこけし工人梅木修一の二女に生まれる。高等学校を卒業後、地元の会社に就職、20歳ころよりこけしの描彩を始めた。24歳で結婚したがその後離婚した。 母がなくなったことを機に、父の梅… 続きを読む

小林信行

昭和11年1月1日、岩手県和賀郡湯田の小林善作の二男に生まれる。昭三は弟。 昭和40年代の初め頃、小林善作の子供たちは、大学を卒業して就職し、湯田から離れていたが、正月や盆の季節には湯田に戻りこけしの描彩などをすることが… 続きを読む

加藤信一

〔人物〕大正9年7月22日、宮城県玉造郡鳴子町の加藤恒治の長男に生まれる。国鉄に入社し定年まで勤務した。定年退職後こけし製作を志して、昭和51年に鳴子の大沼純に師事した。昭和51年6月頃よりこけしを製作するようになった。… 続きを読む

斎藤八重子

〔人物〕大正11年5月7日、宮城県刈田郡遠刈田温泉の木地業佐藤吉弥の長女としてに生まれた。戸籍表記はやい子、こけしにはハ重子と署名した。学校を卒業してから会津若松で働いたが、その地で昭和26年に斎藤良輔と結婚し、夫婦で遠… 続きを読む

柿崎酉蔵

〔人物〕 文政8年現在の山形県大蔵村肘折の八鍬熊蔵(二代目の八鍬林蔵)の四男に生まれる。父熊蔵は、若いころ永松鉱山で働き、後に検断となって大蔵鉱山に勤めたと言われる。 酉蔵が生まれた八鍬林蔵の家 (稲花まんじゅう、くじら… 続きを読む