磯谷茂

〔人物〕中ノ沢でこけしを製作した磯谷直行の姉婿。福島県耶麻郡中ノ沢温泉にて理髪業のかたわら、大正3年土産物の山市商店を開いた。木地工場を開設し、海谷七三郎を職人として招いて、義弟直行がその弟子となった。


理髪店 磯谷茂夫妻と直行(左)

その2年後、秋保より佐勝文六が職人として加わり、川俣の笹川菊之助が弟子となったが、この二人は中ノ沢ではこけしは作らなかった。大正11年に岩本善吉を職人とし、昭和7年ごろには芳蔵を職人としたが、間もなく岩本芳蔵は独立した。大正13年6~9月には県主催の木地講習会が90日間に渡って開かれ、山市商店と笹川菊之助の工場が会場となった。この時、遠刈田の佐藤豊治が講師として滞在した。大正14年9月中ノ沢温泉大火で被災、工場は再興されて木地業も続いたが、やがて磯谷の工場は閉鎖されたという。閉鎖は昭和13年より以前であったらしい。しかし大正年間から昭和初年にかけ中ノ沢に木地業を導入定着させた磯谷茂の功績は大きい。特に磯谷直行、岩本善吉、芳蔵父子等をこけし作者として定着させ、こけし産地中ノ沢の基盤を整えたことは評価できる。磯谷茂本人は工人ではない。文献に磯貝とするものもあるが磯谷が正しい。 

〔作品〕こけし作者ではないが、磯谷茂名義のこけしが存在する。山市商店で求めたものを茂の作として伝承されたものと思われる。下掲の3寸もその一つ、岩本芳蔵が磯谷工場にいた頃の作であろう。


〔9.0cm(昭和8年頃)(原由紀)〕 磯谷茂名義 

〔伝統〕土湯系中ノ沢亜系

〔参考〕

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