小椋英二

小椋英二(おぐらえいじ:1945~)

系統:木地山系

師匠:小椋久太郎・小椋留三

弟子:なし

〔人物〕
昭和20年3月24日雄勝郡皆瀬村木地山、小椋留三・ハルエ夫妻の次男に生まれる。中学校在学時より山仕事及び本家(久太郎)の木地仕事を手伝う。中学校卒業後は正式に本家にて木地業に従事、留三や宏一とともに久太郎の木地下を挽く。
昭和42年5月木地業に見切りを付け座間市の日産工場へ入所、その後は中野工務店等で働き、昭和51年多摩市連光寺にて解体業小椋組を興した。
平成19年5月から八王子鑓水二丁目115-2へ自宅兼会社を移転し現在に至る。

小椋英二 平成24年2月 撮影:国府田恵一

〔作品〕
15歳から24歳までの作が少数知られてるが、この時期は久太郎の木地下がメインのため市販されたものは皆無に等しい。
平成13年5月の〈こけし手帖・484〉で寝屋川市の中根氏より紹介されてから本業の合間に十文字の本間功・山形の梅木修一の木地に描彩のみを行うようになった。
平成19年八王子へ転居したのを契機にロクロを購入したため、現在は自挽きの割合が多いようである。模様は久太郎の梅鉢(横見梅)と菊花の他、泰一郎風の絣等、変わり模様も描いてる。

〔15.9cm(昭和45年前後?)、18.3cm(初作に近いもの?)〕(沼倉孝彦蔵)

〔15.9cm(昭和45年前後?)、18.3cm(初作に近いもの?)〕(沼倉孝彦蔵)

〔15.9cm(昭和45年前後?)、18.3cm(初作に近いもの?)の各署名〕(沼倉孝彦蔵)

〔15.9cm(昭和45年前後?)、18.3cm(初作に近いもの?)の各署名〕(沼倉孝彦蔵)

〔24cm(平成14年)、25.5cm(昭和45年前後?)〕(沼倉孝彦蔵)

〔24cm(平成14年)、25.5cm(昭和45年前後?)〕(沼倉孝彦蔵)

〔24.0cm(平成13年)(高井佐寿)〕
〔24.0cm(平成13年)(高井佐寿)〕

系統
木地山系

〔参考〕
こけし千夜一夜物語「第675夜:英二さん訪問」

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