小南三郎

小南三郎(こみなみさぶろう:1929~)

系統:木地山系

師匠:見取り

弟子:

〔人物〕 昭和4年7月27日、秋田県湯沢市皆瀬字板戸の農業小南清吉の三男に生まれる。兄が病弱だったため生家の農業を継ぎ、若い頃は青年会運動に参加して活動した。日本放送協会秋田放送局の番組で「二、三男の問題について」という座談会に出演した事もある。人望があって28歳の時に皆瀬村の村長選挙に理想選挙を掲げて立候補したが落選、その後村議会議員を5期20年勤め、村長には6回目の昭和56年7月の選挙で当選し、1期を勤めた。
 人形制作への挑戦は53歳頃からで、農閑期に埼玉県行田に出稼ぎに出ていたとき、単身の無聊に、鉈削りの木人形を作ったところ、案外好評で木人形作りに興味を持ったのがきっかけであった。その後「こけし手帖:創刊~18号」の合本を入手、読むほどに興味がわいて、昭和55年2月に当時のこけし友の会会長だった西田峯吉を訪ねてこけしの話を聞いた。西田峯吉からは「鉈削りも良いが、やるなら師匠について本格的にやったらどうだ」とアドバイスを貰い、阿部平四郎の門を敲いたが断られた。その後、縁があって湯沢の鈴木幸太郎の古いロクロを譲って貰うことができ、木地山の小椋留三の仕事ぶりを見学する等により、技術を身につけた。こけしの製作は公務を離れてから本格的に始めた。昭和60年頃から作品を発表している。
平成25年には約30年間の作品を掲載した写真集「まんさくこけしと達磨」を刊行した。
   


小南三郎 昭和59年

〔作品〕 木地山系の基本形態に独自の創作を加えて自分の型を完成させた。試作の経緯の中では西田峯吉よりの指導もあったようである。  


〔25.7cm(平成12年)(高井佐寿)〕

村の山藪から切り出したまんさくの木を素材とした「まんさくこけし」なども作った。
下掲の4寸は88歳の作であるが、単純化された描彩は衒いがなく純真である。
 

〔 11.7cm(平成29年2月)(橋本正明)〕

〔伝統〕 木地山系一般型

〔参考〕

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