佐藤三男

佐藤三男(さとうみつお:1925~1993)

系統:遠刈田系

師匠:佐藤丑蔵

弟子:なし

〔人物〕 大正15年8月20日、佐藤丑蔵・たまよの次男として遠刈田新地に生まれる、後に光保と改名。戦中は航空関係の技術者として徴用されていたが、戦後の昭和21年より木地挽きを始める。昭和30年頃より佐藤栄一らと共に遠刈田温泉寿町で独立し木地工場を経営した。その後、新型こけし等の販路縮小により昭和36年に廃業、丑蔵から勘当同然で遠刈田を去った。平成5年12月3日没、享年68歳。晩年は東京都葛飾区に住んでいたという。

佐藤三男(昭和35年1月)
佐藤三男(昭和35年1月)


左より 鈴木晴一、佐藤丑蔵、佐藤光保 昭和36年 撮影:柴田長吉郎

〔作品〕 昭和20年代は丑蔵型と新型、昭和30年代は丑蔵型と遠刈田一般型の2種類を描き分けて作っていた。一般型は当時の流行だった文助風のなで肩・割れ鼻、丑蔵型は60歳代の丑蔵を受け継いでいるが新型全盛期のためか筆に力強さはみられない。昭和54年に一時実家へ帰宅した際、職人の大旗英雄が挽いた木地に描彩した物が少数知られている。

mitsuho
〔24.3cm(昭和33年)(庄子勝徳)〕遠刈田一般型
〔30.5cm(昭和54年)(庄子)〕
〔30.5cm(昭和54年)(庄子勝徳)〕丑蔵型

〔伝統〕 肘折系文六系列。後継者はいなかったが、当時丑蔵工場で働いていた鈴木靖一の作に彼の影響を確認することができる。

 

 

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