芹沢洋治

芹沢洋治(せりざわひろはる:1943~2017)

系統:土湯系

師匠:篠木利夫/渡辺義雄

弟子:

〔人物〕昭和18年11月3日、団体職員、芹沢五郎・美代子の次男として静岡県裾野市に生まれる。戸籍表記は芹澤。
昭和42年3月上智大学文学部スコラ哲学課を卒業後、財団法人日本ユースホステル協会に就職する。伊豆・東京・美幌(北海道)・浜坂・東京・伊豆・陸前高田・福島・白樺湖と転勤した。
昭和47年7月に福島市高湯温泉に福島ユースホステルが新築オープンし管理者として赴任する。オリエンテーションの素材として地域性の強い土湯こけしに目をつけ、こけし作り体験をテーマとした。近所の篠木利夫工房に毎日通い木地挽きの指導を受けた。また清水屋の渡辺義雄にも木地挽きを習い轆轤を一緒に製作した。
昭和48年3月より本格的に自作こけしを作り49年夏よりユースホステル内で安価に販売する。宿泊者には毎夜こけし談義を行い、こけしの発生・系統等の資料を配り啓蒙活動に努めた。その活動ぶりはサライ24号(小学館)、ユースホステル新聞、ニュースセンター9時(NHK)等で取り上げられ、こけし作りを披露した。昭和62年には福島県から長野県茅野へ移り、白樺湖にてユースホステルの経営に従事した。
平成22年に右腕の大怪我で指の自由が利かなくなり製作はしばらく中断した。その後独楽や小寸こけしの製作を再開した。平成26年には東京こけし友の会のおみやげこけしを製作したが、平成28年より癌のため闘病生活を送り、平成29年12月6日逝去した。行年75歳。

〔作品〕こけしは、師匠の篠木利夫や渡辺義雄とは違い本人型であったが、福松風の目にロクロ返しを用いた安定した作風であった。


〔 24.2㎝(平成10年6月)(中根巌)〕

佐久間虎吉のこけしが好きで、伊勢こけし会の勧めで虎吉風こけし(下掲左より二本目)を作った事もある。


〔右より 23.7㎝(平成10年10月)、24.0㎝(平成13年10月)、24.0㎝(平成13年10月)虎吉型、13.2㎝(平成25年12月)伊勢こけし会頒布(中根巌)〕

〔伝統〕土湯系

〔参考〕

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