中川郁夫

中川郁夫(なかがわいくお:1955~)

系統:木地山系

師匠:鈴木幸太郎/中川徳二郎

弟子:

〔人物〕昭和30年4月2日、秋田県雄勝郡雄勝町横堀旭町の木地業中川徳二郎の長男に生まれた。昭和49年3月秋田経済大学付属高校(現 明櫻高校)卒業後、鈴木幸太郎の経営する鈴木民芸製作所に入所した。鈴木幸太郎は父徳二郎の姉さと子の夫にあたり、父徳二郎もこの民芸製作所で働いていた。郁夫はこの民芸製作所で父徳二郎、および鈴木幸太郎について木地を学んだ。郁夫はまた営業力もあったので、全国のデパートで開催される物産展に派遣されて実演なども担当した。
趣味はバトミントンであったが、その縁で松高久美子と結婚し、二子をもうけた。
平成16年8月に独立しロクロ製品全般、および鈴木民芸製作所で作っていた焼杉製品などを製作した。このころから自分名義でこけしを出すようになった。初出の文献は〈こけし山河・223〉(平成19年3月)である。
父徳二郎は平成24年に亡くなり、その後幸太郎の型の継承者としてこけし製作を続けている。

中川郁夫 

〔作品〕父徳二郎とともに、師匠であった湯沢の鈴木幸太郎のこけしを継承した。初作を製作するにあたっては沼倉孝彦蔵の国蔵、幸太郎のこけしを借りて研究したという。


〔右より 17.6cm、17.0cm、17.7cm(平成20年4月)(沼倉孝彦)〕
初作3本(胴底に初作の記入有)


〔右より 18.2cm、13.6cm、16.7cm、18.3cm(平成20年9月)(中根巌)〕


〔右より 21.3cm(平成23年8月)、24.2cm(平成22年2月)(沼倉孝彦)〕


〔18.0cm(平成24年)(山藤輝之)〕幸太郎の様式 

幸太郎の様式のほかに木地山の一般型も製作している。

〔伝統〕木地山系

〔参考〕

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