小田島邦太郎

岩手県稗貫郡湯本村(現花巻市)金矢で農業を営み、郷土人形の製作などを行った人。経歴等詳細は不明であるが戦前に没したという。
昭和13年、花巻の長寿庵から小田島邦太郎名儀のこけしが発売され、〈こけしの微笑〉で金矢こけし作者として小田島邦太郎が紹介された。その後、〈こけしの微笑〉の著者深沢要が現地金矢に邦太郎を訪ね、彼が作者ではないことを確認した。また帰途湯田を訪ね、丑蔵の工房に邦太郎名義のこけしがごろごろあったことを確認している。探訪記録は〈こけし手帖・25〉「深沢要遺稿集」にあり、長寿庵の指定模様で当時湯田にいた佐藤丑蔵が作り、小田島名儀で発売されたものであることが記されている。
〈鴻・第2号〉によれば、丑蔵作の他に秋保の菅原庄七作のこけしや、仙台の鈴木清の見本による花巻の佐藤末吉作のこけしなども邦太郎名儀で売られたことがあるという。
なお、邦太郎は農家の副業として郷土人形の製作を行ない、藤県政五郎の木地に志戸平風の描彩をしたこともあった。邦太郎は木地を挽いたことはないが、他人の木地に絵付けをするのは好きだったようである。
下掲は小田島邦太郎名義で長寿庵から発売されたこけしで、製作者は木地描彩全て丑蔵であり、邦太郎は名義のみで全く関与していない。


小田島邦太郎名義の佐藤丑蔵作(昭和13年)(日本こけし館) 深沢コレクション

図案意匠は長寿庵によるもので伝統性はない。

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