早坂伝吉

早坂伝吉(はやさかでんきち:1926~1999)

系統:山形系

師匠:平賀貞蔵

弟子:早坂晃

〔人物〕大正15年11月20日、宮城県宮城郡大倉村大手門の農業早坂喜平・よし の長男に生まれる。4歳の時、父が事業に失敗したため一家で北海道に渡り、各地を転々としたが、昭和16年故郷の大倉村に戻った。昭和25年25歳の時、病弱のため農業を断念し、作並の平賀貞蔵に大倉村まで出張を乞うて木地の修業を始めた。昭和28年、仙台市八幡(大崎八幡神社門前)に転居し、木地を挽いた。主な製品は西洋人形の木台などであった。仙台に来てから佐藤巳之助と親交を持った。木地の助言も得て、腕も上がったという。
昭和42年より、平賀貞蔵の型を継承したこけしを作るようになった。甥の早坂晃が弟子となって木地を挽くようになり、昭和48年からこけしの製作も行っている。伝吉は生来蒲柳の質で、多作ではなかったが安定した作行きのこけしを作り続けた。
平成11年4月12日没、行年74歳。

〔作品〕 〈こけし手帖・96〉(昭和44年3月)で、土橋慶三によって初めてこけし作者として写真紹介された。平賀貞蔵の作風を忠実に写すことから始めたが、古品を把握する力は優れていて、作並の古作に接するとその情趣を次第に出せるようになった。自分の体力の限界を十分知っていたためか、過剰な冒険はせず、安定して堅実な作品を残した。こけしも正統的で破綻はない。貞蔵型のほか、平賀謙蔵型を作ったこともあるがしっかりと謙蔵の味を出した佳品であった。

〔右より 24.3cm(昭和47年5月)、 18.6cm(平成5年)謙蔵型 (橋本正明)〕
〔右より 24.3cm(昭和47年5月)、 18.6cm(平成5年)謙蔵型 (橋本正明)〕

〔伝統〕 作並系

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