福原英次郎

福原英次郎(ふくはらえいじろう:1902~1983)

系統:津軽系

師匠:

弟子:

〔人物〕明治35年5月20日、青森県弘前市に生まれた。古美術、民芸、花の店「元禄」の主人。
戦前には津軽系の工人が挽いた木地に描いたこけしを出していた。花巻等古泥人形や南部絵馬の復元もしており、絵心がある。東京の百貨店で開催された古民芸品展等の東北関係の大部分の出品者でもあった。
戦後は青森市新町2-103に住んで、専ら新趣向のこけしを作るようになった。泥絵具を塗った創作風のもので、津軽系の伝統とは関係がない。
昭和58年5月22日没、行年82歳。

〔作品〕下掲は鹿間時夫が〈こけし鑑賞〉〈こけし辞典〉で取り上げた福原英次郎のこけしである。木地はおそらく佐々木金次郎あたりの工房のものであろう。首の自由に廻る嵌め込みである。「頬紅のある棟方志功ばりのタッチで快作、目鼻は濃く頬紅とまって強烈」と鹿間時夫の評価は高かった。


〔23.5cm(昭和8年)(鹿間時夫旧蔵)〕

しかし、戦後骨董屋「元禄」で売り出されたこけしは、泥絵具を用いた新趣向のものであった。
英次郎自身は「こけしは趣味で作っている。誰に教わることもなく自分で挽いて、模様もその時に応じてなぐり描きしたもの。」〈こけし手帖・43〉と語っていたようだ。ただ、本当に戦後作の木地が自分で挽いたものであったか確かではない。


〔32.7cm(昭和25年)(ひやね)〕骨董屋元禄の記入あり


〔24.0cm(昭和35年頃)(高井佐寿)〕

鹿間時夫は「福原の場合は本人に絵心があって、津軽の風土性のにじんだ描彩をする点、推賞するに足るものがある。」と書いているが、戦前のごく一部の例外的な作以外については評価の分かれるところがある。

〔伝統〕津軽系

〔参考〕

  • 横地省三:会員便り〈こけし手帖・43〉(昭和37年9月)
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