海谷善蔵

〔人物〕明治19年7月1日、山形県東村山郡高瀬村大字下東山、海谷七右衛門、き江の二男に生まる。長兄周蔵、弟七三郎とともに青根佐藤久吉について作業した。明治36年18歳のとき、志願して山形の歩兵第三二連隊に入隊、その後予備、後備でも入隊した。兄周蔵が若くして没したので、周蔵の妻きくよの継夫となり、周松、吉右衛門を養育した。
大正時代、山形市肴町の金山文治郎、蔵王高湯の木地屋代助の職人として働き、また山形市の田崎弥蔵の家具店では岡崎栄治郎や佐竹林之助などとともに働いた。東村山郡出羽村漆山では店を出して5年ほど開業した。その後、一家で仙台市北材木町に移り、さらに仙台市定禅寺町に移って木地業を続けた。
昭和4年6月4日没、行年44歳。 

〔作品〕こけしはたくさん作り、菊を描いていたといわれているが、その作品は未確認である。おそらく青根の佐藤久吉譲りのこけしであったと思われる。
 

〔伝統〕遠刈田系

 

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