沢ロ吾左衛門文書

明治21年4月、鳴子漆器改良組合長沢口吾左衛門は、宮城県知事に鳴子の各種職工、生産額および販路に関する報告書を提出した。その控えとして手元に残していたものが西田峯吉によって〈鳴子・こけし・工人〉に掲載紹介された。その控えを「沢口吾左衛門文書」と呼んでいる。
木地挽き 29名、塗師 21名、漆器商 8名、蒔絵師 3名、刺物師 3名の人名、および各種製品の産量、販売額等が記載されている。
明治中期の木地製品の生産の様子が分かるので貴重な史料である。また、木地挽きのなかにはこけしの作者も多く含まれており、木地師の系譜を探るのにも参考になる。
なお、沢口吾左衛門は、〈日本漆工の研究〉で昭和9年に帝国学士院賞を受賞した沢口悟一の父にあたる。

以下が沢口吾左衛門文書の全文である。なお、氏名には誤記あるいは報告書作成時の誤りと思われるものがいくつかある。正しいと思われる氏名を( )内に示す。

明洽二十一年四月現在各種職工

木地挽ノ部

横谷多三郎 (横谷利三郎)
岡崎仁三郎
遊佐清五郎
遊佐 徳松  (佐藤徳松)
大沼平三郎
大沼甚三郎
高野 幸八
遊佐 直蔵
横谷 乙吉  (横谷音吉)
大沼岩太郎
小峰 連治  (小島連治)
大沼栄五郎
高橋 定助
大沼源太郎
高橋万兵衛
高橋万五郎
大沼利右衛門
高橋覚左衛門
大沼伝五郎  (養子に行って遊佐伝五郎)
高橋覚五郎
伊藤 虎治
横谷 善作
大沼 勝蔵
高橋善太郎
中島養左衛門
大沼幸太郎
遊佐 佐吉
遊佐喜太郎
遊佐 文治

外弟子四十五名

塗師ノ部

大内芳太郎
阿部 貞治
大沼 徳治
遊佐忠三郎
遊佐六兵衛
高橋 喜七
大沼栄三郎
遊佐 善六
高橋 永治
小島久治郎
大内喜大郎
泉  又一
高橋新治郎
有路辰之助
横谷 弥平
高橋政之助
高橋 茂吉
高橋金太郎
大沼勘五郎
高野 幸作
大沼 保吉

漆器商ノ部

高橋 万蔵
遊佐源之丞
遊佐忠治郎
遊佐 貞吉
遊佐良左衛門
松岡虎之丞
沢口吾左衛門
遊佐安五郎

蒔絵師ノ部

塩沢 栄一
高橋慶次郎
五ノ井もと

刺物師ノ部

横山 完治
木村藤次郎
高橋 太平

但板物生産大半鬼首ヨリ
横木椀類岩手県二戸郡
荒屋村ヨリ一組三名約十組余
雇人毎年八月ヨリ翌年二月頃迄
従事ス

明洽二十一年鳴子生産額及販路

産額 壱万三千円也

販路本県山形岩手北海道
本県 八千五百円
山形県 弐千円
岩手県 壱千五百円
北海道 壱千円

白木地玩具生産
一金壱千六百円
但塗下及玩具

木地細工数量

 椀木地七万五千個   一ヶ四厘 元価三百円
茶壷 弐千個 一銭五厘 元価三拾円
独楽 壱万個 一ヶ四厘 元価四拾円
玩具 拾万個 一ヶ四厘 元価四百円
雑物 七万三千個 一ヶ一銭 元価七百三袷円

漆器

碗 六万六千八百個  一ヶ三銭  金弐千円
膳 壱万枚   金壱千円
雑物 五万個   金五千円

以上

右ノ通

明治二十一年四月

漆器改良組合長
沢ロ吾左衛門

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