我妻信雄

我妻信雄(あがつまのぶお:1932~2013)

系統:遠刈田系

師匠:佐藤守正

弟子:

〔人物〕昭和7年8月18日、遠刈田の木地師我妻庄三郎の三男に生まれる。父の庄三郎は、大正6年宮城県主催の木地講習会で吉田畯治について木地を習得している。信雄は、昭和23年遠刈田中学校卒業後、昭和25年より遠刈田の佐藤守正に師事して木地を学んだ。昭和29年、お礼奉公の後一時北海道で職人をしたが、昭和31年より、北岡工場の職人を勤めた。
昭和41年〈こけし手帖・65〉の「新進工人紹介」に取り上げられた。
昭和43年に、自宅のわきに工房を建てて独立し店も開業した。
一貫して遠刈田温泉の工房でこけし製作を続けたが、昭和61年に脳梗塞で倒れ、以後自宅で療養を続けた。その後こけしの製作はほとんど行わなかった。平成20年より老人保養施設病院に入院していたが、平成25年6月9日に没した。行年82歳。


左:我妻信雄 右:大沼昇治 昭和51年正月 東京大丸実演会場

〔作品〕 守正の弟子となった時代より作ったが、本格的に伝続こけしに取り組んだのは、昭和32年ごろからである。初期の作は当時の遠刈田の一般型で、際立った特色はなかったが、昭和40年ごろより、伝統こけしの古作に関心を持つようになり、自宅のわきに工房を持つようになると筆勢のある若々しいこけしを作るようになった。
下掲のように小寸作り付けも形態安定していて表情に張りが合り、また中央の小原直治型も近代的な感覚で復元した秀作であった。「古作こけしと写し展」の解説では「筆力抜群で、現代の写しにふさわしい切れ味がある」と評された。

〔右より 15.3cm(昭和47年)、29.3cm(昭和54年)小原直治型 「古作こけしと写し展」、25.4cm(昭和47)(橋本正明)〕
〔右より 15.3cm(昭和47年)、29.3cm(昭和54年)小原直治型 「古作こけしと写し展」、
25.4cm(昭和47)(橋本正明)〕

下掲のようなのびのびとした筆勢で描かれた作品を病で倒れるまで製作していた。


〔右より 30.3cm(昭和57年)、30.3cm(昭和54年)(高井佐寿)

〔伝統〕遠刈田系周治郎系列

〔参考〕

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