秋山耕一郎

秋山耕一郎(あきやまこういちろう:1910~1972)

系統:鳴子系

師匠:秋山耕作/秋山忠

弟子:

〔人物〕明治43年3月5日、宮城県玉造郡鳴子の木地業秋山耕作、とらよの長男に生まる。大正2年ごろより一家で南津軽郡蔵館に移り、さらに大正5年ごろ大鰐へ移った。大正12年に一家は鳴子へ帰り、鳴子で父耕作について木地を修業した。昭和10年からは叔父忠の工場の職人となって働いた。〈鴻・5〉により名前は紹介されたが、本格的にこけしを作り始めたのは戦後である。こけしは秋山忠市の店で売られた。
昭和47年3月21日没、行年63歳。


秋山耕一郎 昭和42年

〔作品〕 戦前のこけしはきわめて少なく、ほとんど見かけることがない。戦後も昭和35年以後の作が大部分であり、秋山忠市の店などで売られていた。やや目尻の下がった甘い作風のこけしが多かった。


〔 30.3cm(昭和43年)(高井佐寿)〕

下掲は昭和43年暮に高円寺の民芸店ねじめで売られた小寸の地蔵型、表情は甘いが面白い作であった。


〔12.2cm(昭和43年)(橋本正明)〕

系統〕鳴子系。 木地系統は岩太郎系列であるが、こけしは鳴子の共通型と呼ぶべきものであった。

 

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