阿部シナ

阿部シナ(あべしな:1920~2003)

系統:土湯系

師匠:阿部治助

弟子:

〔人物〕 大正9年7月27日、土湯の石材業加藤竹治・リキの五女に生まれる。昭和16年7月阿部治助の長男金一と結婚、金一との間には敏道がうまれた。昭和18年11月より治助木地に描彩を始めた。作品は治助名義で松屋で売られた。この時期、松屋では治助、金一、シナのこけしが売られていた。昭和20年1月夫金一が病死。昭和27年9月松川の農業茂木勝英が入婿となった。治助はその月の昭和27年9月22日に死去。昭和34年頃鹿間時夫の勧めにより、西山憲一木地に描彩したのが契機となり、再び蒐集家の依頼に応じてこけしの描彩をするようになった。勝英が木地を挽くまでは憲一のほか、白石の鎌田文市に土湯型の木地を依頼して描彩していたこともあった。夫勝英は昭和43年に阿部一郎について木地を学んだので、以後勝英の木地に描くようになった。勝英との間には敏英がうまれている。シナは左利きであり、左手の描彩として珍しがられたこともある。平成15年3月24日没、行年84歳。

阿部シナ(松屋物産店頭 昭和43年)
阿部シナ(松屋物産店頭 昭和43年)

〔作品〕 戦前の治助木地のもの、戦後昭和30年代の憲一木地のもの、40年代の文市木地のもの、そして昭和43年以降の勝英木地のものがある。
下掲は、戦後間もなくの作で治助の木地に描彩したもの。


〔 7.3cm えじこ、13.3cm(昭和22年)(北村育夫)〕 治助の木地

文市木地のものは胴模様も文市が施しているため、ロクロ線というより帯模様に近い幅広の赤が胴下半に加えられている。阿部勝英の木地に描いたものは松屋の治助の作風を忠実に伝えている。

〔24.0cm(昭和50年頃)、30.3cm(昭和45年頃)(高井佐寿)勝英木地〕
〔24.0cm(昭和50年頃)、30.3cm(昭和45年頃)(高井佐寿)勝英木地〕

〔伝統〕土湯系松屋系列