佐久間勝

〔人物〕  明治38年3月20日、佐久間沢次郎・シモの長男として、土湯村字杉ノ下六三に生まる。大正9年ころ、野地温泉の叔父嘉吉に入門。短期間木地の指導を受けた。相弟子に佐藤佐志馬、勝の弟の佐久間弥がいた。昭和の… 続きを読む

今野かしく

〔人物〕昭和6年10月2日、宮城県刈田郡宮村遠刈田新地の木地業佐藤好秋、しづえの長女として生 まれた。昭和23年3月遠刈田中学校卒業、同25年に父の好秋についてこけしの描彩を習った。 昭和33年好秋の弟子であった今野幹夫… 続きを読む

小倉嘉吉

宮城県刈田郡福岡村弥治郎のこけし工人。ただし作品は未確認である。 慶応元年5月7日、弥治郎北73番地の農業木地業小倉嘉蔵、よしの長男に生まれる。父嘉蔵は嘉七、くまの長男。小倉家は代々木地師で、享保16年の山之合判に記載さ… 続きを読む

遠藤孝志

〔人物〕昭和24年9月6日、宮城県玉造郡鬼首の農業遠藤孝男の長男に生まれる。 昭和54年に鳴子の片倉富夫に師事して木地を学んだ。昭和58年に鬼首で独立しこけしの製作を始めた。   〔作品〕師匠の片倉富夫の作風を… 続きを読む

安保一

〔人物〕岩手県盛岡市の木地業安保一郎の長男。生年月日等詳細は不明。安保家は古い木地師の家系であるが、安保一自身は木地の技術を継承しなかった。建設省等へ勤務していた。 父の安保一郎が昭和36年に亡くなって以後、「安保のキナ… 続きを読む

我妻敏

〔人物〕 昭和25年1月19日仙台市の我妻吉助の長男に生まれる。昭和42年に仙台商業高校を卒業後、日立製作所に入社して仙台支社に3年、東京本社に1年勤務した。その後退社し、昭和47年1月に実家に戻って父吉助について木地の… 続きを読む

佐藤照雄

〔人物〕大正8年6月30日、佐藤豊治二男として遠刈田温泉に生まる。佐藤三蔵は五男、佐藤里見は六男でそれぞれ照雄の弟にあたる。昭和6年小学校卒業後、上京してブリキ玩具製作所で働いたが、昭和9年に倒産したため福島仲間町に移り… 続きを読む

佐藤静助

〔人物〕明治34年9月15日、佐藤周吾・イシの長男として宮城県柴田郡川崎村青根温泉に生まる。朝倉家へ養子に行った英次は静助の次弟にあたる。大正3年より父周吾につき木地挽を始め、盆、鉢、こけし、玩具類等を作った。大正6年こ… 続きを読む

佐藤武雄

〔人物〕 大正3年6月22日宮城県秋保の佐藤三蔵、よしの長男に生まれる。小学校卒業後、昭和元年ころから父三蔵につき木地修業を開始した。この頃三蔵の仕事場では弟子の菅原庄七が働いていたので、実際の指導は庄七によるところが大… 続きを読む

佐藤円夫

〔人物〕 昭和17年6月10日、宮城県名取郡秋保町薬師のこけし工人佐藤武雄の長男に生まれる。戸籍名は一夫。姉に節子、弟に武志がいる。祖父は菅原庄七の師匠佐藤三蔵である。学校卒業後、父の武雄について木地挽きをはじめ、さらに… 続きを読む