タグ別アーカイブ: 大沼純

山口吉夫

〔人物〕昭和8年1月2日鳴子湯元に生まれた。 昭和28年、宮城県鳴子駅前の大沼純の弟子となりこけし製作の技術を習得した。小沢孝雄、伊藤豊は兄弟弟子である。昭和32年から昭和39年頃まで大沼純の工房で職人として働… 続きを読む

大沼純

〔人物〕大正13年7月12日、鳴子塗師大沼与三郎・峰子の次男に生まれる。沢口吾左衛門文書塗師ノ部に記録のある大沼栄三郎には息子が三人居り、長男栄太郎、次男栄次郎で三男が純の父与三郎であった。父与三郎は昭和5年に亡くなった… 続きを読む

伊藤豊

宮城県玉造郡鳴子町で一時期こけしを製作した。 昭和30年代の前半、鳴子駅前の大沼純に木地の技術を習い、純の工房で働いた。 小沢孝雄、山口吉夫は兄弟弟子である。 その後、栃木県日光市石屋町に転出した。以後の詳細は不明である… 続きを読む

大沼覺

〔人物〕昭和23年5月1日、宮城県玉造郡鳴子町の大沼純の長男として生まれる。昭和50年より父の大沼純に師事し木地の技術を習得した。その年から本格的にこけしを作り始めた。平成4年8月に父の大沼純が亡くなってからは鳴子駅前の… 続きを読む

加藤信一

〔人物〕大正9年7月22日、宮城県玉造郡鳴子町の加藤恒治の長男に生まれる。国鉄に入社し定年まで勤務した。定年退職後こけし製作を志して、昭和51年に鳴子の大沼純に師事した。昭和51年6月頃よりこけしを製作するようになった。… 続きを読む

加藤正美

〔人物〕大正14年6月16日、宮城県一迫の佐藤民雄の長女に生まれる。鳴子の国鉄会社員加藤信一と結婚した。夫の信一は定年退職後鳴子の大沼純の指導を受けてこけしを製作するようになったので、正美も昭和55年頃よりこけしの描彩を… 続きを読む