タグ別アーカイブ: 小椋泰一郎

小椋泰一郎

〔人物〕明治22年4月20日、秋田県雄勝郡高松村120(水上沢木地山)小椋養治、カヤの長男に生まれる。父養治は小椋勇右衛門の長男で、代々初右衛門を名乗った。カヤは小椋利左衛門(吉左衛門の長男)の長女であり、カヤの母ナツは… 続きを読む

小野寺徳一

〔人物〕明治35年1月30日、秋田県雄勝郡川連町大舘の小野寺虎之助の長男に生まれる。〈こけし辞典〉では父の名を実之助としているが虎之助が正しい。父虎之助は塗師小野寺梅太郎の弟であるが、横木専門の木地挽きとなった。しかし、… 続きを読む

三春文雄

〔人物〕 昭和29年8月29日、秋田県雄勝郡稲川村三梨の農業三春久一の長男に生まれる。学校を卒業後、親戚が経営していた三春仏壇店に勤めた。若い頃から木地技術に興味があり、やはり親戚で木地を挽いていた三春広義の仕事などを見… 続きを読む

小椋養治

安政3年8月15日、小椋勇右衛門の長男として、皆瀬木地山に生まる。養治の家は初右 衛門本家で養治も後に初右衛門と呼ばれた。妻は勇右衛門の兄利左衛門娘カヤである。長男が泰一郎で、長女よしのは佐藤留治に嫁し、佐藤兼一を生んだ… 続きを読む

小椋米吉

〔人物〕  明治15年3月15日、秋田県雄勝郡皆瀬村川向(木地山)小椋東右衛門(小椋吉左衛門三男)・ハル(小椋勇右衛門長女)の長男に生まる。明治26年11歳のとき、一家で川連大館へ下る。小椋吉左衛門の家督は東右… 続きを読む

佐藤留治

〔人物〕 明治4年秋田県小安温泉に生まれる。雄勝郡の水上沢より明治31年に川連大館におりてきた木地師小椋養治(小椋泰一郎の父)は、時々山仕事で小安の奥に入り、小屋をかけて木地を挽いていた。 留治はそうした折に養治について… 続きを読む

佐藤達雄

〔人物〕  昭和18年7月21日、秋田県湯沢市川連の佐藤四郎・キヤの次男として生まれる。父四郎は川連の佐藤利吉商店四男で、川連の伝統工芸である漆器業と木地業を経営し、盆、椀、花器、仏具等を販売していた〈大阪こけし教室会報… 続きを読む

小椋勇三郎

〔人物〕 昭和8年6月1日、秋田県川連大館の木地業小椋泰一郎・たかの三男に生まれる。小椋嘉市は長兄、小椋捨次郎は次兄。昭和24年川連中学校を卒業、中学三年生の頃より父泰一郎について木地を学んだ。卒業後約1年ほど家業を手伝… 続きを読む

小椋啓太郎

〔人物〕 明治30年7月19日、秋田県雄勝郡大館の木地業小椋運治の長男に生まれる。祖父勇右衛門は吉左衛門家から養子に入った人で、その子である運治は米吉、久四郎と従兄弟にあたる。小椋泰一郎は運治の兄養治の長男であるから、啓… 続きを読む

佐藤秀一(木地山)

〔人物〕  昭和2年8月7日、秋田県川連町大館の佐藤兼一・利恵の長男に生まれる。古関久太郎の工場に勤め、見取りで椀挽きを習得した。古関久太郎はもともと小椋米吉の弟子で、のち塗物の親方になった人。 その後、秋田県大湯の奈良… 続きを読む