川崎巨泉

本名川崎末吉、明治10年6月2日に堺県 (現・堺市神明町御坊ノ前)に、川崎源平の三男として生まれた。父は堺の戸長(こちょう=明治時代前期に区・町・村に設置された行政事務の責任者)をしていた。兄は〈住吉・堺名所并ニ豪商案内… 続きを読む

友野祐三郎

婢子会の代表者として、各地こけし群像写真を始めて掲載した〈日本土俗玩具集〉全5輯を刊行した人物。 この友野祐三郎については、橘文策の手書きの〈こけし用語集〉に以下の様に書かれている。 「兵庫県在住の人、郷土玩具蒐集家とし… 続きを読む

池内潮音

〔人物〕平成9年2月16日千葉県勝浦市串浜に池内円海(えんかい)、玲子の3人兄弟の長女として生まれる。父円海は650年の歴史を有する日蓮宗の潮耀山(ちょうようざん)恵日寺(えにちじ)の第39世住職である。 潮音は平成27… 続きを読む

我楽他宗

第1次世界大戦後から昭和期戦前ころにかけて存続した収集趣味家たちの交遊会名。寺号をそれぞれ雅号とする好事家の集団で提唱者は三田林蔵。三田は明治42年ころ自家を「趣味山平凡寺」として「我楽多宗」と称したが、大正8年末寺十ヶ… 続きを読む

大供会

明治 42年に集古会の会員の中で、清水晴風、林若樹、久留島武彦、坪井正五郎、西澤仙湖など特に人形玩具を愛好するメンバーによって 結成された集まり。 人形玩具に関する知識の交換を目的とした小さな会で、会合も会員の自邸の持ち… 続きを読む

橋田素山

本名繁彦、日本橋の生まれで大正10年9月に没した。趣味に生きた人で加山道之助可山とも親しく、土俗玩具の先駆者のひとり。もともとは納札、千社札の蒐集家で、著書に納札関係の文献史〈千社万別〉がある。 斎藤昌三はこけし蒐集の草… 続きを読む

小島圭三

岩手県水沢の失明の木地師及川吉三の弟子で、佐藤七之助は兄弟子にあたる。師の及川吉三は大正4年から、東京本所中川幸八の依頼で、一個4銭で下木地を挽き、東京の三越で20銭で売った。晩年は水沢の小学校教諭石川勇治が絵付けをして… 続きを読む

三好米吉

関西の趣味人たちのネットワークの一翼を担った人。こけし古品を扱った乙三洞(森田政信)は三好と交流があり、三好の死後その家作で開業していたことがあった。 釈瓢斎による三好米吉の似顔絵  釈瓢斎は戦前の大阪朝日新聞「天声人語… 続きを読む

乙三洞

大正から昭和初年ころ大阪市南の繁華街難波の楽天地にあった小美術品店。場所を変えて戦後まで店は継続した。 経営者は森田政信。森田が皆におっさんと呼ばれたことから森田乙三洞と名乗り、店名にも乙三洞を用いた。 森田は明治28年… 続きを読む

星昭成

〔人物〕昭和3年8月19日、福島県南会津郡桧枝岐村下ノ原の村役場要職 星数三郎、オジョウの長男として生まれる。次男和彦、三男郁文、長女華鶴美、四男譲治と4人の弟妹がいる。千葉市在住の四男譲治以外は桧枝岐村で暮らしている。… 続きを読む