熊谷末次郎

熊谷末次郎(くまがいすえじろう:1887~1977)

系統:鳴子系

師匠:高橋寿右衛門/大沼東作

弟子:

〔人物〕  明治20年10月21日(戸籍上は31日)、岩手県東磐井郡奥玉村(現千厩町)根山上ノ山に生まる。若いころ、同地の石栄こと熊谷勇治方で働いていた。明治40年ころ勇治方へ鳴子から木地職人として大沼東作と高橋寿右衛門が来た。末次郎は25歳ころ、東作に勧められて、高橋寿右衛門につき足踏みで木地を学んだ。しかしこのときは、こけしは木地のみで描彩は習っていない。
その後、現在の根山飛ケ森に移って開拓に従事し、昭和34年ころ、東山町の鈴木豊のすすめにより鳴子型の白木地を挽き、一ノ関の尾張屋へ出し、東京こけし友の会でも頒布した。昭和41年より、鈴木豊が末次郎の木地に描いた鳴子風のこけしを見本にして描彩をはじめた。その後、足踏みロクロによりこけしやキナキナ、うすときねなどを作っていたが、昭和52年11月8日に没した、行年91歳。
老齢になってからのこけし製作だったので残る作品は多くない。白鳥正明が聞書きをしているが、は遠かったが身体は丈夫で、酒が強かったという。


熊谷末次郎 昭和43年11月 撮影:杢翁居主人

〔作品〕 作品は昭和41年以後のものが残っている。描彩は鈴木豊の型を継承しているので起源の古いものではないが、木地の形は高橋勘治の弟子であったという寿右衛門に習っているので古風である。
 


〔 18.5cm、13.2cm、19.1cm(昭和41年)(橋本正明)〕

〔伝統〕  鳴子系

〔参考〕

  • 杢翁居主人:老工人熊谷末次郎 〈こけし手帖・98〉:昭和44年5月
[`evernote` not found]