カテゴリー別アーカイブ: 木地山系

小椋慶次郎

〔人物〕 秋田県雄勝郡大館の木地業小椋運治の次男として明治33年9月20日に生まれた。長兄は小椋啓太郎、弟に与三郎がいた。父運治の兄は養治で、養冶の長男が泰一郎であり、慶次郎と泰一郎は従兄弟にあたる。 長男啓太郎は運治の… 続きを読む

佐藤利吉

川連の漆器店主。 昭和5年刊の〈日本郷土玩具・東の部〉で小椋泰一郎のこけしが佐藤利吉の名儀で紹介された。 仙台の収集家天江富弥が羽後木地山を訪ねた折、小椋久四郎より川連にこけし作者がいることを聞いた。翌昭和4年天江富弥は… 続きを読む

三春友一

2021」〔人物〕昭和15年2月25日に農業、三春圭二、ウタの三人兄弟の長男として秋田県雄勝郡三梨村字下宿に生まれた。祖父の熊治は三梨村の収入役を勤めた。母、ウタは旧姓阿部で雄勝郡皆瀬村藤倉の生まれ、ウタの弟は皆瀬村の農… 続きを読む

三春広義

〔人物〕昭和23年11月3日、秋田県秋田県雄勝郡三梨村に生まれる。三春友一とは祖父が兄弟の関係で友一家が本家となる。三春家は元々福島県三春町の出であったが、室町時代の天文2年(1533年)に三梨村下宿に移ってきた。三春家… 続きを読む

宮原喜栄一

〔人物〕秋田県雄勝郡須川村高松の農業、炭焼き業の宮原政雄、シゲの4人兄弟(男2人・女2人)第二子長男として、昭和19年7月12日に生まれた。須川中学校新田分校を昭和34年3月に卒業した。同級生6人の中に小椋英二がいて親友… 続きを読む

荒屋敷松蔵

秋田県木地山で二人挽き轆轤で木地を挽いた小椋久四郎のロクロの綱とりを務めた人。 昭和7年9月橘文策が木地山を訪れたとき、綱とりをしていた荒屋敷松蔵に会い、木地を挽く久四郎と綱を取る盲目の松蔵の写真を撮った。〈木形子談叢〉… 続きを読む

小椋初右衛門

秋田県に異動して来て木地山を形成した初右衛門一族は代々初右衛門を名乗る者が多い。久米之丞初右衛門は飛騨より会津立岩郷木賊山に移り、文化5年頃仙台側より羽後大川目山に渡り、加美郡中新田から来た小椋吉左衛門の一族と合流した。… 続きを読む

小椋正勝

〔人物〕昭和37年1月13日、秋田県雄勝郡稲川町大舘字屋布前の木地業小椋正吾の一人息子に生まれる。正勝の曾祖父小椋庄太郎は慶応元年1月16日に木地山の小椋徳右エ門、マサの次男として生まれている。明治32年に分家して川連大… 続きを読む

海老澤妙美

〔人物〕昭和45年5月6日に生まれた。平成19年東京都八王子市鍵水の解体工事を請け負う小椋組に入社した。小椋組の会長は木地山の小椋留三次男英二であった。経理を担当していたが、会長小椋英二のこけし描彩に割く時間があまりに多… 続きを読む

小椋亀代司

〔人物〕昭和2年9月29日、石川県輪島に生まれた。職業軍人となり、戦後盛岡に移って父小椋亀重について木地を習得した。その後、盛岡市城西町12番22号にて新型こけしを主に木地業を営んでいた。 〔作品〕旧型こけしは昭和37、… 続きを読む