カテゴリー別アーカイブ: 肘折系

佐藤寅之助

〔人物〕明治36年2月28日、山形県大蔵村肘折に生まれた。父は遠刈田出身の佐藤周助、母は大蔵村清水の佐藤カンの娘イサ。12歳のとき川崎市北見方の農家に年期奉公に出され、21歳までそこで働いた。徴兵検査で帰郷後、横山仁吉の… 続きを読む

菅原富蔵

〔人物〕明治32年(推定)山形県最上郡旧及位に生まれた。13歳のとき、肘折から移ってきた佐藤文六の弟子となり、20歳て年期があけてからも、そのまま文六の家の職人として働いた。大正15年ころに院内には椀工場があって、鳴子か… 続きを読む

八鍬長蔵

明治30年9月27日、肘折の八鍬長作の長男に生まれた。大正2年ころ鈴木幸之助について一年ほど木地を習い、その後約二年間、葉山官行(葉山において国費でおこなった造林・製材事業、官行とは政府が国費で国有地以外で造林,森林の管… 続きを読む

小林辻右衛門

〔人物〕明治20年3月1日、旅館業小林鉄五郎、フテの次男として岩手県和賀郡湯田町に生まれた。山仕事や鉱山師を本業としていたが、湯田で木工業を起こすことを考え、大正10年和賀郡木地伝習所を設立、遠刈田新地出身の佐藤丑蔵を木… 続きを読む

奥山ヤス

〔人物〕奥山運七の妻。明治8年5月22日、山形県北村山郡大石田町の榎本清助、モヨの二女に生まれる。榎本千代松の妹。橋本ヤスとした文献があったが榎本ヤスが正しい。明治28年肘折の奥山運七と結婚した。子供に恵まれなかったので… 続きを読む

舟生門蔵

明治31年(推定)山形県最上郡真室川町及位に生まれた。家は農業。明治45年より大正8年頃まで及位駅前の佐藤文六の弟子となり木地を修業した。そして文六が佐藤盛昭から引き継いだ及位木工場で働いた。 大正8年ごろの及位駅前佐藤… 続きを読む

斎藤伊之助

〔人物〕 明治26年山形県最上郡南山村肘折の農業斎藤永平の長男に生まれる。12歳の時、古口の寺へ小僧として出されたが、明治40年15歳で肘折に戻り、佐藤文六について木地の修業を行った。当時尾形政治は斎藤永平の家の下屋を木… 続きを読む

工藤治助

明治5年5月15日、山形県飽海郡田沢村(昭和29年町村合併で平田町となる)小林の農家に生まれた。〈こけし辞典〉によると、「庄内大地震のあった明治27年に鶴岡市宝町に出て、兄平一郎と共に庄内杓子を作った。平一郎は庄内杓子の… 続きを読む

古関福太郎

山形県肘折近辺の出身で肘折で木地を挽いた人。〈こけしの郷愁・7〉によれば大沼新兵衛が佐藤周助の下で働いていた頃(明治35年頃)すでに年期を終えて職人として働いていたという。地味で堅実な人であったらしい。佐藤周助の息子佐藤… 続きを読む

八鍬長作

明治9年、肘折のそばや八鍬長助の長男に生まれた。元来塗師であったが、大正6年ころ八鍬製椀工場を作り、川連より職人を招いて操業した。のちに長男長蔵、次男長太郎、三男長治に椀類を挽かせた。昭和19年4月15日没。長作自身はこ… 続きを読む