カテゴリー別アーカイブ: 鳴子系

大沼要

鳴子のこけし工人大沼新兵衛は通称を要という。新兵衛の長兄は戸籍名を要、通称を誠という。兄の方の要(誠)は大沼平三郎、そめの長男で、明治13年1月25日鳴子に生まれた。大沼岩太郎について木地を修業した。昭和9年12月26日… 続きを読む

斎藤斉

〔人物〕昭和6年3月22日に生まれた。昭和46年頃に花巻の佐藤一夫について木地を学んだ。佐藤一夫は伊藤松三郎の弟子であった佐藤末吉の長男で、松三郎風のこけしや、キナキナを作った。 また昭和50年頃には佐藤長雄の指導も受け… 続きを読む

田邊香

〔人物〕昭和49年9月15日、埼玉県戸田市の石英ガラス加工職 峰岸忠男の三女に生まれる。平成10年3月北里大学水産学部を卒業後、水産会社の研究室や水質分析の仕事に従事した。平成22年に結婚した。 元々職人の手仕事への憧れ… 続きを読む

遊佐吉男

明治30年頃、宮城県鳴子に生まれた。実家は下駄屋マルヨシ。鳴子の木地業高橋万五郎について木地を学んだ。師の万五郎とともに岩手県の花巻、盛岡で働いた。この時、万五郎のところには、伊藤松三郎、小松五平、遊佐平治郎なども働いて… 続きを読む

鉄本友三

〔人物〕昭和22年11月22日、宮城県玉造郡岩出町池月鵙小森の農業 鉄本運蔵、こよしの五人兄弟の三男として生まれた。昭和37年3月、一栗中学校を卒業後、千葉県市川市のプラスチック工場に住込みで就職した。半年程勤めた頃に工… 続きを読む

志田八郎

〔人物〕昭和11年1月11日、山形県西村山郡西川町大井沢中村の志田菊麻呂、わかよの六男に生まれた。学校を卒業後、建築業の仕事に就いて、昭和30年5月12日佐藤やえのと結婚した。昭和50年より父の菊麻呂の勧めで足踏み轆轤に… 続きを読む

押切忠輔

生年没年は不明。山形県北村山郡市野々(現在の尾花沢市市野々)の生まれ。明治30年代に鳴子の高橋勘治の弟子となり、約3年ほど修業し働いた。こけしの製作も行った。兄弟子に菊地英次郎、菊地三九郎兄弟がいて、菊池兄弟が挽く時には… 続きを読む

大沼宜輔工場

戦後、昭和20年代はじめから昭和30年代終わりまで、鳴子湯元の坂に面して土産物店を開業していた大沼宜輔が経営していた木地工場。湯元の坂を登る左手、現在の鳴子ホテルの通用口の向かい側にある大沼薬局の前身が宜輔の土産物店であ… 続きを読む

中村正夫

〔人物〕 昭和26年10月28日、秋田県鹿角郡十和田町大湯(現・鹿角市十和田大湯町)の農協職員中村勇・ミエの次男として生まれた。秋田県立十和田高校を卒業後、昭和45年に青森県十和田市休屋の(株)南祖庵に入社した。 休屋は… 続きを読む

佐藤長雄

〔人物〕大正15年11月11日、宮城県角田市の農業鈴木栄吉、みつせの四人兄弟の次男として生まれた。尋常小学校高等科卒業後に白石に出て自動車の電気関係の仕事に従事していた。終戦前に志願して兵役に服した。復員後再び電気の仕事… 続きを読む