こけし句会

昭和23年ころから、作家福田清人が中心となって西荻窪で催されていた句会。大日本国語辞典の編集者松井簡治の息子でその校正にも携わった松井驥(駑十)などもこの句会に参加していた。昭和26年6月にこの句会の句友19名が10句づ… 続きを読む

佐藤裕介

〔人物〕  昭和57年4月6日、木地業佐藤誠孝、美喜子の二男として福島県いわき市に生まれる。兄は佐藤英之である。若いころより絵画に興味を持ち、高校卒業後は絵画関係の専門学校に進んだ。「夏井裕」の雅号で作品を発表、絵画の活… 続きを読む

村上蔵吉

明治28年、宮城県刈田郡円田村平沢の村上政五郎の次男として生まれた。明治40年13歳の時、遠刈田の佐藤善八に弟子入りし、5年間木地を習った。その後及位の佐藤文六の工場、肘折の最上木工所、湯田の小林木工所等を経て、大正15… 続きを読む

新山慶志

〔人物〕昭和23年5月11日、宮城県白石市福岡八宮弥治郎のこけし工人新山久志の四男に生まれる。新山久城は兄、新山亨は弟である。昭和44年より父久志について木地の練習をはじめ、昭和48年より慶志名義のこけしを発表している。… 続きを読む

早坂隆

〔人物〕 大正14年3月9日、田代の木地師早坂民治・けさよの長男に生まれる。祖父早坂繁蔵、父民治、ともに加美郡田代の横木挽き木地師である。田代は加美郡から峠を越えて最上に至る最上街道沿いにあり、位置的には中山平の南方にあ… 続きを読む

小林弘

〔人物〕昭和9年5月11日、東京都荒川区の木地業小林正太郎、しずえの長男に生まれた。母は秋保の出身だったので戦時に一家は秋保に疎開転住した。昭和23年秋保中学校卒業後、父について木地の修業を行った。正太郎は腕の良い木地師… 続きを読む

北岡木工所

宮城県遠刈田温泉の木地商北岡仙吉が開設した木地工場。 北岡仙吉 橘文策撮影 北岡仙吉は明治16年5月17日の生まれで、父は北岡仙太郎(明治35年没、享年49歳)。 明治38年は凶作で、湯治客も減少し、遠刈田地方は疲弊した… 続きを読む

小倉篤

〔人物〕 大正11年6月1日宮城県弥治郎の小倉嘉三郎・けさよの三男に生まれる。学校を出ると16歳から、嘉三郎について木地を修業し、家業を助けた。昭和21年八宮の武田フクヨと結婚、勝志、武雄、真佐子、宏之、勝義の四男一女を… 続きを読む

里見正雄

〔人物〕大正11年1月24日、仙台市福沢の鉄道員里見久作、さつのの長男に生まれた。 仙台市宮城野小学校をへて昭和12年図南中学校卒業、鉄道員となった。徴兵により水戸の航空通信隊に入隊、樺太をへて北海道帯広にて終戦除隊とな… 続きを読む

志田清次郎

〔人物〕 昭和13年6月6日山形県西村山郡西川町大字大井沢の農業志田中司・ソメエの長男に生まれる。昭和26年小学校卒業後叔父の志田五郎八について木地を修業した。昭和28年頃五郎八が木地を廃業すると、清次郎も農業を主とし、… 続きを読む