杉浦健治

福島県飯坂の人。健治の父が義太夫を通じて八幡屋佐藤応助と懇意であった。そこで応助の養子佐藤栄治の紹介を受け、明治31年20歳で栄治の師遠刈田の佐藤応助について木地を修業した。〈こけしの追求〉に採入された根本与市の聞き書き… 続きを読む

三瓶春男

〔人物〕 昭和4年4月11日、福島県郡山市西田町の農業三瓶今朝松の次男に生まれる。昭和46年頃より1年間中ノ沢の岩本芳蔵について木地を習い、その後中ノ沢で開業、芳蔵のこけしを継承し、製作を続けた。芳蔵には厳しく仕込まれて… 続きを読む

石塚智

〔人物〕  昭和5年11月10日、山形県飽海郡松山町前割下新田(現在の松山町地見興屋)の農業石塚卯吉、きんよの長男に生まれた。兄弟は男三人、女一人の四人であった。かつては地見興屋と下新田に別れていて、石塚家は江… 続きを読む

佐藤幸太

〔人物〕 宮城県刈田郡三住から大網に移った木地師佐藤與四郎・つめの長男常三郎として元治元年頃ころ生まれた。幸太の幼名を常之進友厚とする聞書〈こけし手帖・17、21、36〉もあるが、戸籍表記は常三郎である。 父與四郎の家は… 続きを読む

作田隆

〔人物〕 明治33年3月24日、商業作田良瑞の次男として遠刈田温泉に生まれる。大正2年尋常小学校を卒業後、酒屋の番頭となったが、大正5年佐藤吉郎平の弟子であった兄栄利が年期明けして木地業を始めたので、隆も栄利に… 続きを読む

矢口権佐久

明治34年ころ山形にて生まれた。蔵王高湯の岡崎長次郎について木地を習得した。大正12年春から13年春までと、大正14年2月から10月までの二回岡崎長次郎方で職人として働いた。山形の山川源吉、山寺の佐藤正雄は兄弟弟子である… 続きを読む

小野喜義

〔人物〕昭和9年7月10日に生まれた。土湯系の佐藤俊昭と親しく、昭和55年ごろ俊昭からの勧めで手解きを受け、俊昭の木地に描彩のみ施した。 長く冠婚葬祭業に就いていたが、毎月佐藤俊昭の元へ互助会会費を集金に行く傍ら、こけし… 続きを読む

佐藤周右衛門

〔人物〕 天保3年4月14日、佐藤亥之松の長男として刈田郡宮村(遠刈田新地)に生まれる。戸籍上では佐藤七右衛門長男となっているが、七右衛門は周治郎家の家号で、通称亥之松という。木地挽きの修業開始年代は不明だが、二人挽き時… 続きを読む

毛利茂太郎

〔人物〕 明治23年4月10日、青森県南津軽郡山形村温湯鶴泉72の木地業毛利與七・かよの長男に生まれる。大正3年石名坂の渡辺兵吉四女すゑと結婚、テツ、専蔵、きさ、きぬ、きみ、正、みち、はちゑ、としゑ、とみえの十子をもうけ… 続きを読む

斎藤伊之助

〔人物〕 明治26年山形県最上郡南山村肘折の農業斎藤永平の長男に生まれる。12歳の時、古口の寺へ小僧として出されたが、明治40年15歳で肘折に戻り、佐藤文六について木地の修業を行った。当時尾形政治は斎藤永平の家の下屋を木… 続きを読む