平賀多蔵

〔人物〕 明治45年1月7日、宮城県作並の木地業平賀謙蔵の長男に生まれる。大正13年尋常小学校を卒業すると、父謙蔵について木地を修業した。昭和5年弟の謙次郎が木地の修業を始め、一人前になると、多蔵は岩松旅館の手伝いをする… 続きを読む

高崎祐一

〔人物〕昭和8年9月11日、山形県米沢市のこけし工人高崎栄一郎の長男に生まれた。昭和24年米沢第一中学校を卒業し、直ちに父の栄一郎について木地を学んだ。その後一年間は夜間高校に通った。昭和32年佐藤芳美の次女美和子と結婚… 続きを読む

斎藤良輔

〔人物〕 大正14年6月12日、福島県会津若松市栄町の商業斎藤栄作六男として生まれる。昭和15年尋常小学校卒業後は会津若松市内で働いたが17年に東京の軍需工場に、その後工場疎開で福井へ向かう。戦後は会津若松へ戻りアルマイ… 続きを読む

六郷仁美

〔人物〕昭和37年2月6日、木地業六郷満の二女に生まれる。平成7年6月より木地の修業を始めた。     平成12年に、佐藤仁美から再び六郷仁美に名前を戻した。 〔作品〕 〔29.3cm(平成10年)(… 続きを読む

佐藤三蔵(秋保)

〔人物〕明治12年5月10日、仙台市生出村坪沼の郡山佐平の次男に生まれた。明治21年10歳の時、秋保村湯元字薬師の農業佐藤卯平治の養子となった。明治28年17歳のとき太田庄吉(秋保出身)に弟子入りした。〈こけしの追求)に… 続きを読む

二瓶豊

〔人物〕生年月日、没年月日不詳。 仙台市のこけし工人で玩愚庵を経営した鈴木清の妻女峰子の従弟にあたる。仙台市八幡町石切に住んで、建設会社橋本組に勤務していた。戦後一時、鈴木清について木地を学び、自分の名義でこけしを店に並… 続きを読む

奈良吉弥

〔人物〕昭和14年2月14日、秋田県鹿角郡十和田町大湯温泉字二本柳の農業奈良富衛、そめの五男に生まれる。大湯の定時制高校に通いながら毛馬内の木地師成田七郎について約三ヶ月木地の技術を学んだ。昭和29年ころより、大湯で新型… 続きを読む

佐藤兼一

〔人物〕 明治38年4月20日、秋田県川連大館八右衛門屋敷の佐藤留治、よしのの長男に生まれる。父の留治は椀挽き専門の木地師であったがこけし作者ではない。母よしのは小椋養治の長女で、小椋泰一郎の妹にあたる。 大正6年13歳… 続きを読む

太田孝淳

〔人物〕昭和14年1月27日、福島県福島市小田字位作山のの曹洞宗陽林寺の僧太田騰雲の二男に生まれる。陽林寺は永正13年(1513年)の開基で伊達公の庇護を受けた由緒ある寺。二階建ての山門が有名であり、また寺所有の伊達家文… 続きを読む