朝倉公明

〔人物〕昭和24年11月21日、宮城県仙台市の朝倉英次、きぬの三男に生まれる。秀之、光洋は兄である。父英次の従兄弟にあたる遠刈田の佐藤照雄について木地を学んだ。昭和41年父英次が体調を崩してこけし製作ができなくなったので… 続きを読む

新山定雄

〔人物〕明治41年2月15日、宮城県刈田郡福岡村八宮弥治郎の木地業新山久治郎、さとの七男に生まれる。兄に久治、久之助、勇、福太郎、左内、吉雄がいたが、久之助と勇は幼くして亡くなった。大正10年福岡村尋常高等小学校を卒業後… 続きを読む

本多信夫

〔人物〕  大正7年7月22日、福島県耶麻郡中ノ沢(猪苗代町大字蚕養字沼尻山甲2855)の本多留五郎・サキの長男に生まれる。実家は雑貨商泉屋物産店を営んでいた。昭和9年福島県立付属高等科を卒業後、信夫は喜多方市内で菓子の… 続きを読む

川越謙作

〔人物〕  明治44年1月19日、青森県中津軽郡藤代町(現弘前市)大字藤代字川面125の農業川越忠吉、たみの五男に生まる。少年のころより絵が上手だった。村立致遠小学校、中津軽郡玉成高等小学校で学び、大正15年4月1日、1… 続きを読む

西山辨之助

〔人物〕  嘉永5年11月13日、福島県信夫郡土湯村上ノ町の西山濱吉、サクの長男に生まれる。名前表記は文献によって「辯」「弁」が使われるが、戸籍上は「辨」が正しい。 父濱吉は佐久間亀五郎二男、土湯の首の回るこけしの創始者… 続きを読む

奥瀬陽子

〔人物〕昭和19年1月29日、教員丹代條の長女に生まれる。黒石市の奥瀬鉄則と結婚した。平成4年夫の鉄則が他界した。その後、平成5年10月から木地の修業を始めた。平成8年より陽子名義のこけしを発表している。夫の鉄則の型を継… 続きを読む

村井福太郎

〔人物〕 明治15年3月15日、青森県南津軽郡蔵館村の木地業村井伊三郎の二男に生まれる。代々萬太郎を家名とし、祖父の萬太郎(慶応3年没、48歳)の後、父伊三郎も萬太郎を襲名した。村井家は蔵館の古い居木地師の家だといわれて… 続きを読む

佐藤信

〔人物〕大正15年4月17日生まれ。青森県黒石市大字袋字上野のこけし工人佐藤善二の妻女、佐藤佳樹は長男である。夫善二に倣って善二の木地に描彩をするようになった。 夫の善二は昭和60年6月に亡くなったが、その後は長男佳樹の… 続きを読む

佐藤重松

〔人物〕 慶応元年6月29日、佐藤菊治長男として遠刈田新地に生まれた。明治10年より父菊治につき木地修業、同18年田代寅之助につき一人挽きを学んだ。同年8月、田代と共に青根の丹野倉治工場の職人となった。ここで弟治平はじめ… 続きを読む

佐藤哲郎

〔人物〕 昭和7年1月25日、遠刈田温泉佐藤吉弥、トラヨの次男として生まれる。昭和20年ころよりこけしの描彩は始めたと言うが、正式の木地修業は、昭和22年4月中学校を卒業後新地の叔父佐藤吉之助に就いてからである。当時自宅… 続きを読む