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盛眞一

〔人物〕大正10年3月18日、青森県温湯温泉の木地業盛秀太郎、スナの次男に生まれた。長男は生後すぐになくなったので、実質的に長男として扱われた。弟と女姉妹二人がいた。尋常小学校の頃から成績優秀で旧制中学に進学、商業を学ん… 続きを読む

東京こけし會

昭和10年代に天江富弥の居酒屋銀座勘兵衛に集まった川口貫一郎、加賀山昇次、稲垣武雄らの愛好家が中心となって、設立されたこけしの愛好会。昭和12年頃より、東京こけし會の名前で活動を始めていたが、正式に同好の趣味の会として発… 続きを読む

高橋勘七

深沢要著〈こけしの追求〉に鳴子高野幸八の弟子として紹介された。伊藤松三郎談によると「山形方面の人で明治37、8年ころ高野幸八の弟子になったが、わずかの期間でやめた」という。こけし作者であったかどうかは不明である。

佐藤慶太郎

明治39年及位駅前の大工佐藤松治の弟に生まれた。14歳より24歳まで\及位木工場で佐藤文六の弟子となり木地を習得した。昭和15年北海道へ渡りまもなく病死した。こけしも作ったというが作品は確認されていない。 下掲写真右端は… 続きを読む

小林藤吉

生年月日、出身地など不明。小林倉吉の最後の弟子で年季明けの後、昭和2、3年頃から山形市薬師町で丹野辰彦等とともに木地業に従事したが、昭和16年頃死亡した。また弟の太郎も兄とともに働いていたが前後して没した。こけしを作った… 続きを読む