カテゴリー別アーカイブ: 津軽系

本田英司

〔人物〕昭和46年6月4日、青森県弘前市の木地師本田功、奎子の長男として生まれる。生粋の弘前っ子で、妹がいる。平成4年に体調を崩し弘前大学人文学部(現在は人文社会科学学部)経済学科を3年生で休学した。その後サラリーマン生… 続きを読む

佐藤太左衛門

〈陸奥乃小芥子〉の弘前の解説部分に次のような趣旨の記述がある。 津軽の木地業は古く藩政時代にさかのぼり、温湯には8軒の木地屋が居たといわれる。佐藤家はその一つで代々太左衛門を名乗り、6代前の祖が嶋津の祖について木地を学ん… 続きを読む

嶋津幸子

〔人物〕昭和9年9月18日、青森県弘前市薬師堂の農業白鳥半三郎、ハチイの長女に生まれた。名前の幸子は「こうこ」と読む。 昭和32年4月に大鰐の木地業嶋津誠一と結婚した。 結婚後まもなく目屋人形(西目屋村で土産物として作ら… 続きを読む

盛眞一

〔人物〕大正10年3月18日、青森県温湯温泉の木地業盛秀太郎、スナの次男に生まれた。長男は生後すぐになくなったので、実質的に長男として扱われた。弟と女姉妹二人がいた。尋常小学校の頃から成績優秀で旧制中学に進学、商業を学ん… 続きを読む

盛諒祐

〔人物〕 平成4年7月4日、こけし工人盛美津雄、綾子の二人兄弟の次男として、青森県黒石市温湯に生まれる。7歳年長の長兄がいる。小学校4年生の時に祖父眞一と一緒にズグリを作った事が轆轤との最初の出会いとなった。祖父の思いを… 続きを読む

盛元吉

明治7年8月8日、青森県温湯温泉の養蚕業盛與助、はるの長男に生まれた。貞吉、角太郎、慶太郎、慶次郎、健蔵、しえ、しよの弟妹がある。 明治28年、温湯の毛利與七の妹のよしと結婚した。よしとの間に秀太郎、栄太郎、みさ、まる、… 続きを読む

島津彦蔵

 安政6年ころ島津茂兵衛長男として青森県南津軽郡山形村大字温湯字新道に生まる。島津家は代々温湯の古い木地師で、津軽こけしの探求者木村弦蔵(木村弦三)によれば津軽系の木地師は戦国時代から元禄時代にかけて山形地方から移住した… 続きを読む

盛與助

〔人物〕青森県南津軽郡山形村大字温湯の木地師。盛家は代々木地業に就き、祖父専四郎、父専四郎(専之丞)に継いで與助も木地業に就いた。與助の長男が元吉、元吉の長男が秀太郎である。生没年月日は不詳。 小児エツコ、子供槌など玩具… 続きを読む

間宮孫次郎

青森県大鰐の木地師。生没年月日不明。孫次郎の長男が忠太郎、忠太郎の長男が明太郎である。 孫次郎は明治23年に東京上野公園において開催された第3回内国勧業博覧会へ、茶碗入、煙草入、箸立などの木地製品を出品している。 〔参考… 続きを読む

村元文雄

〔人物〕 昭和6年6月12日、南津軽郡六郷村(昭和29年の合併で黒石市となる)の農業村元利之助の次男に生まれる。尋常小学校高等科卒業後、農業を手伝いその後製材所に勤務する。昭和31年に肋膜炎に掛かり温湯温泉に湯治に訪れた… 続きを読む