加納正八

加納正八(かのうしょうはち:1919~)

系統:独立系

師匠:佐藤賢治

弟子:加納栄次

〔人物〕 大正8年10月4日、仙台市の工業学校教員加納伝之丞・とくの4男に生まれる。文献により庄八とするものがあるが正八の誤り。加納伝三郎は長兄にあたる。学校を卒業後、仙台の古い木地屋佐藤賢治について木地の修業をした。
昭和14年頃仙台の桜井玩具店より、こけしの頒布を行った。翌昭和15年に応召、朝鮮羅南に配属。除隊後、昭和19年に8月に我妻ひでと結婚、正、正次の二男をもうけた。
戦後は、宮城木材㈱で木地挽きを行い、家具(椅子の脚等)を挽いていた。兄伝三郎の二男栄次は、この宮城木材㈱時代に正八の弟子となった。
その後転業し、外交員や夜警員などしていたが、昭和46年名古屋こけし会の可部忠雄の努力により、こけし製作を再開した。同時期加納栄次の長男の博も名古屋こけし会の依頼でこけしを作り始めた。
ただし、正八の製作期間は必ずしも長くはなかった。
既に没しているというが、没年月日は今のところ未調査である。

〔作品〕 戦前に一時桜井玩具店に出していたものは、地蔵型のようなくびれがあり胴の下部に台状の形がある形状のこけしであった。〈こけし辞典〉に戦前の作例がある。戦後昭和46年に名古屋こけし会の依頼で復活し、頒布されたものは加納伝三郎の型に従ったものだった。
本来は、松・竹・梅の意匠であったらしいが、いつのまにか松が抜けて、梅花と笹葉の胴模様になったという。
〔24.0cm、24.0cm(昭和46年)(橋本正明)〕
〔24.0cm、24.0cm(昭和46年)(橋本正明)〕

系統〕独立系 〈こけし辞典〉では加納一族のこけしを仙台一般型と分類している。