荒井雅雄

〔人物〕生年月日出身地など不明。山形市旅篭町で骨董店を長らく営んでいた。戦前の新型こけしの嚆矢のようなもので、各種の模様を描き木地は挽かない。〈鴻・第7号〉によると「天童向けのこけしに将棋の駒をあしらったものを描いている… 続きを読む

髙橋博斗

〔人物〕平成3年5月12日、宮城県白石市小原字鍋割の会社員、髙橋幸博、さゆりの長男に生まれる。姓の表記は「高橋」ではなく「髙橋」が正しい。 平成22年3月宮城県立白石工業高校工業化学科を卒業後、平成28年4月まで建設会社… 続きを読む

遊佐雄四郎

〔人物〕  明治10年7月5日、宮城県玉造郡鳴子木地業遊佐佐吉(幼名 万左衛門)・とよの二男に生まれる。祖父万四郎は高橋直四郎が亡くなった後、妻久の後夫となり佐吉が生まれた。したがって佐吉は直四郎長男直蔵の義弟に当たる。… 続きを読む

嶋津彦作

〔人物〕明治19年3月1日、嶋津彦蔵長男として青森県南津軽郡山形村大字温湯字新道に生まる。木地挽きは父彦蔵から温湯温泉で修業したものと思われる。大正3、4年に弟彦三郎と共に大鰐町に移住し、田中重吉方の職人をした。 大正8… 続きを読む

四竈健康

〔人物〕 大正3年10月18日、宮城県刈田郡小原村湯元23に生まる。桂屋旅館主四竃太郎兵衛・みつゐの長男、昭和8年3月旧制白石中学校を卒業した。日ごろ油絵等の絵心があったので、昭和15年ころに、本田亀寿の木地に描いたもの… 続きを読む

後藤熊太郎

〔人物〕明治26年2月、宮城県名取郡秋保村長袋に生まる。農業後藤深右衛門、とじの長男。学校卒業後農業に従事、その後、長袋にあった秋保村立職工学校に入り木地を修業した。この時期の木地の講師は鳴子の遊佐孝太郎であったと思われ… 続きを読む

小野寺梅太郎

明治2年11月1日、秋田県雄勝郡大舘村の小野寺徳治、フンの長男に生まれる。弟に栄治郎、虎之助、為四郎などがいた。代々新太郎を名乗った塗師の家系である。明治24年木地山の小椋徳右衛門長女カネと結婚した。梅太郎自身は家業の塗… 続きを読む

大葉富男

〔人物〕 大正15 年10月9日、宮城県刈田郡七ヶ宿村稲子の林業大葉亀之進・はな長男として生まれる。昭和13年村立湯原尋常高等小学校卒業後、植林・炭焼き等の林業に長らく携わった。昭和40年代に入りエネルギー革命によって林… 続きを読む

阿部進矢

〔人物〕昭和12年1月2日、山形県西田川郡温海町温海温泉の木地業阿部常吉の長男に生まれる。中学生時代より父の常吉について木地の練習をはじめ、昭和35年ころからこけしの製作を少しながら行うようになった。しかし、2~3年で止… 続きを読む

佐藤誠治

〔人物〕大正14年7月28日、弘前市国吉出身の建具屋佐藤留次郎の5人兄弟の長男として蔵館で生まれた。子供の頃のトロッコに乗っていて大怪我を負ったが、治療を十分に受ける事が出来ず、やや足に不自由が残った。 昭和15年、大鰐… 続きを読む