須賀恒一

〔人物〕大正8年9月28日、青根温泉の商業須賀恒雄、いさおの長男に生まれる。母のいさおは青根のこけし作者佐藤貢の姉にあたる。昭和8年高等小学校を卒業後、青根で土産物店の経営に就いた。 昭和17年に入隊、戦後昭和20年に帰… 続きを読む

大森久一

〔人物〕  昭和7年11月30日、土木業大森久三郎長男として、白石市に生まる。昭和22年尋常高等小学校を卒業後、山仕事や農業の手伝いをしたが、地元には仕事が少ないので、昭和28年小野幸三郎商店に入り、木地挽きの修業を始め… 続きを読む

鈴木幸之助

〔人物〕明治21年1月21日(旧暦明治20年12月9日)、宮城県柴田郡川崎村(現川崎町)笹谷の農家に生まれた(戸籍上は3月21日生)。6歳のとき、母の実家、青根の旅館業佐藤重太郎の養子となった。 明治38年に青根の佐藤重… 続きを読む

山谷三千男

〔人物〕 昭和11年10月5日、薬局経営山谷繁太郎、チヨの四男として青森県黒石市温湯鶴泉に生まれる。黒石高等学校在学中に事情があり家を離れ、東京の友人を頼りに旋盤工等の仕事をした。その後独学で薬剤師の免許を取得して家業を… 続きを読む

小椋俊雄

〔人物〕 明治45年2月16日秋田県川連村大館の木地師小椋米吉・ツメヨの次男に生まれる。長兄に勝雄がいる。〈こけし辞典〉では2月26日生まれとなっているが誤りである。大正4年米吉一家は北海道枝幸群原野に移住、大正7年に旭… 続きを読む

佐藤今三郎

〔人物〕明治23年1月18日、弥治郎の木地業佐藤幸太・すくの長男に生まれる。弟に慶治、味蔵、春二がいた。父幸太は遠刈田で一人挽きを学んで、弥治郎に伝えた重要な工人であり、今三郎はその父幸太について木地を修業した。幸太は大… 続きを読む

斎藤松治

〔人物〕 明治10年3月10日、山形県堀田村蔵王高湯の酢川神社別当斎藤勝治の二男に生まる。母は木挽きの娘であったという。戸籍表記は齋藤。酒造業斎藤源治の息子たち弘治、勝治、彦治、忠治のうち、長男弘治は作業中ガス中毒で夭折… 続きを読む

古緒里民芸店

昭和21年より昭和43年まで、福岡市薬院昭和通62にあった郡憲輔経営による民芸店。民芸品と郷土玩具やこけしを扱った。憲輔の先代から続く郡文園堂古書店(福岡市橋口町)内に昭和9年より、新たに玩具やこけしをならべて販売したの… 続きを読む

小椋英二

〔人物〕 昭和20年3月24日、秋田県雄勝郡皆瀬村木地山の小椋留三、ハルエの次男に生まれた。中学校在学時より山仕事及び本家(久太郎)の木地仕事を手伝った。中学校卒業後は、正式に本家にて木地業に従事、留三や宏一とともに久太… 続きを読む

佐藤三男

〔人物〕 大正15年8月20日、佐藤丑蔵、たまよの次男として遠刈田新地に生まれる、後に光保と改名。戦中は航空関係の技術者として徴用されていたが、戦後の昭和21年より木地挽きを始める。昭和30年頃より佐藤栄一らと共に遠刈田… 続きを読む