志田清次郎

志田清次郎(しだせいじろう:1938~)

系統:鳴子系

師匠:志田五郎八

弟子:

〔人物〕 昭和13年6月6日山形県西村山郡西川町大字大井沢の農業志田中司・ソメエの長男に生まれる。昭和26年小学校卒業後叔父の志田五郎八について木地を修業した。昭和28年頃五郎八が木地を廃業すると、清次郎も農業を主とし、山仕事や出稼ぎもしながら暮らすようになった。昭和30年代にごく少数こけしを製作した。

〔作品〕 昭和34年小野洸を案内して朝日連峰に登った折に五郎八を紹介、これが大井沢のこけしが世に知られる契機となった。小野洸の注文に応えて多くのこけしを送ったが、これらは清次郎・五郎八の木地に地元の女性たちが描き、さらにニスを塗ったようなものだった。
その後、我孫子春悦により古い五郎八こけしが発見され、それを意識した清次郎自らの描彩によるこけしも作られた。大きな黒頭の快作であった。ただ、清次郎のこけし製作は一時期であり、残る作品数は極めて少ない。

〔17.3cm、28.3cm(昭和37年)(小野洸旧蔵)〕

〔17.3cm、28.3cm(昭和37年)(小野洸旧蔵)〕

〔24.8cm(昭和37年)(高井佐寿)〕

〔24.8cm(昭和38年頃か)(高井佐寿)〕

系統〕 志田五郎八のこけしの影響下で製作しており、鳴子系外鳴子に分類すべきものであろう。黒頭などには部分的に蔵王高湯系の影響もある。