新山久城

新山久城(にいやまひさしろ:1942~2008)

系統:弥治郎系

師匠:新山久志

弟子:横山水樹

〔人物〕 昭和17年2月17日、刈田郡福岡村弥治郎の木地業新山久志長男として生まれる。昭和32年白石市立福岡中学校卒業後、父久志につき木地修業、翌33年頃より祖父久治型のこけしを作る。昭和40年ちよ子と結婚し41年には久男が生まれた。昭和44年に久治が亡くなった後も久志とともに実家でこけしを挽いたが、56年5月弥治郎東40-12に新しく家を建て分家した。昭和57年、山形県飯豊の横山水樹が弟子入りしたので約2年木地の指導を行った。
平成3年4月から市会議員を一期務めた。
その後も平成18年頃まで農業の傍らロクロを回していたが、平成20年10月10日に癌のため亡くなった。行年66歳。

〔作品〕 昭和35年までのものには、久治古作のように髪飾りではなくを描き、稚拙ながら寄り目の剛直な表情であった。昭和30年代後半に仕事中眼に木片を入れ片目の視力が衰え表情が曲がったが、これは一時的なものであった。

〔18.4cm(昭和35年)(庄子勝徳)〕
〔18.4cm(昭和35年)(庄子勝徳)〕

昭和40年代に入ると手柄の両端が縦に長くなり髪飾りと交差、40年代半ばより撥鼻の向かって左下部分が離れるようになったる、この2点は晩年まで続いた。下記掲載の昭和54年作にはその特徴が表れている。

〔31.6cm(昭和54年)(高井佐寿)〕
〔31.6cm(昭和54年)(高井佐寿)〕

平成10年頃以降の作では筆力の衰えが現れるようになった。

〔伝統〕 弥治郎系新山系列久治郎家。後継者には横山水樹がいる。

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