小室由一(こむろよしかず:1937~)
系統:遠刈田系
師匠:佐藤好秋
弟子:小川文男
〔人物〕 昭和12年4月10日、商業小室由吉の長男に生れる。由一の母は、遠刈田の佐藤英太郎の母と姉妹という。昭和31年20歳の時、遠刈田の佐藤好秋について木地を学び、好秋の下で6年間修業を積んだ。兄弟弟子に大宮正男、今野幹夫等がいた。
昭和30年代後半に白石に出て働き、この頃に結婚した。妻女は工場でこけしの描き子をしていた女性という。その後仙台に出て、東八番丁の木工所で7年間職人として働いた。江戸ゴマの広井道顕の木地を挽いたりしたという。
昭和45年に仙台市で独立して開業、この頃から佐藤姓に変わって、佐藤由一の名前で一時期こけしを作るようになった。改姓は母が佐藤仁平と結婚したためという。しかし、由一は長男であったため、暫くして小室姓に戻している。昭和48年ころから4年ほど小川文男が会社勤務の傍ら、由一について木地を学んだ。その後、由一の工場は火事となって焼失、一家は谷地田に移った。初出の文献は緑書房版〈伝統こけしポケットガイド〉(昭和50年7月)で、住所は仙台市太白区柳生字谷地田118-1で紹介されている。まもなく夫婦ともに亡くなったようだが詳細は不明である。
〔作品〕 下掲は佐藤由一名義の二本、昭和46年近辺の製作と思われる。
〈伝統こけしポケットガイド〉(昭和50年7月刊)では「近年こけしを作り始めているが、正調の遠刈田系で将来有望。」と書かれている。下の写真のこけしは、昭和50年5月の作で〈伝統こけしポケットガイド〉掲載のこけしとほぼ同趣、面描に張りがあって緊張感のある表情である。長い修業歴、職人歴のためか、作り始めの頃から完成度の高い作品になっていた。
〔右より 23.5m(昭和50年1月)、17.5cm(昭和51年3月)、24.0㎝(昭和52年)、24.0㎝(昭和51年頃)、25.5㎝(昭和60年7月)(矢田正生)〕
〔系統〕遠刈田系吉郎平系列
〔参考〕
- 矢田正生:佐藤(小室)由一と小川文男〈木でこ・241〉(令和4年3月)