近藤政光

近藤政光(こんどうまさみつ:1914~1982)

系統:蔵王高湯系

師匠:小林清次郎/石沢角四郎

弟子:海谷好雄

〔人物〕大正3年11月28日、山形市の会社員近藤政蔵の長男に生まれる。尋常高等小学校卒業後、山形市内の印刷屋に勤めた。昭和8年看護兵として入隊した。昭和11年除隊し、神奈川県鶴見市の東京芝浦製作所で働いたが、同所木型部にいた小林清次郎から木工ロクロの技術を修得した。昭和13年に東京芝浦製作所を退所し、夜間は工学院に学びながら渋谷区幡ヶ谷で旋盤工場を開いた。昭和16年に応召となった。
戦後復員し、昭和21年に山形市地蔵町で木地業を開業、ボタンや鍋の蓋、また新型こけしの木地などを挽いた。挽いた新型こけしの木地への描彩は画家の佐藤鳳山、山川子鳳に依頼した。
昭和30年、石沢角四郎の許可を得て、蔵王高湯系の角四郎様式のこけしを作り始めた。このころ海谷好雄を弟子とした。昭和37年ころから事業がうまくいかなくなって転業し、昭和40年よりザオウ製作所に入所、機械部で働いた。木地は長く中断していたが、昭和51年頃より勤務の傍ら自家で少し挽くようになった。昭和54年数え年66歳でザオウ製作所を退職し、その後は自家でこけし製作を専門とした。
昭和57年2月23日没、行年69歳。
 

〔作品〕石沢角四郎より許可を得て、角四郎の様式を継承した。


〔21.0cm(昭和54年)(高井佐寿)〕

 〔伝統〕蔵王高湯系 三春屋
弟子の海谷好雄が近藤政光の様式を継承した。

〔参考〕

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