白畑與太郎(しらはたよたろう:1912~1982)
系統:独立系
師匠:白畑重治
弟子:館内孝三郎
〔人物〕明治45年4月10日、酒田市外野町の木地業白畑重治、芳の長男に生まれた。木地は父に習ったほか、昭和12年ころ小田原の福井木地屋で約3ヵ月修業した。このころより動力で木地を挽き、ロクロとダライバンを併用した。以後、一時応召したほかは、戸野町にて木地業に従事した。昭和10年斎藤直太郎四女よしと結婚、喜代、信子、幸廣をもうけた。こけしは、まれに木地を挽いた程度で事実上作っていない。
昭和57年1月30日没、行年71歳。
左 白畑與太郎、よし夫妻 右 弟子の館内孝三郎
昭和34年 撮影:露木昶
〔作品〕多くのこけしが與太郎の名儀で世に出ているが、かなりが娘喜代の描彩になるもので、妻よし、弟幸作の描彩のものもある程度存在する。木地も殆どが幸作あるいは娘の喜代であるという。
〔12.5cm(昭和37年)妻女よしによる描彩(庄子勝徳)〕
〔系統〕独立系
〔参考〕