水野達也

水野達也(みずのたつや:1888~)

系統:木地山系

師匠:不明

弟子:

〔人物〕明治21年5月30日、水野為蔵、むつの三男として生まれた。昭和14年に〈こけしと作者〉で紹介され当時、旭川市常盤町二丁目にいた。〈こけしと作者〉で橘文策は「手ぎれいな彩色を施した所なかなか清楚なものであるが、表情のモダン味は胴の鈴蘭模様と共にあまり智的で興味を削がれる。木地屋の描彩としてはちとうま過ぎると思う」と評した。〈こけしの追求〉の「小椋米吉」の記述中で深沢要は「水野達也は岐阜県の出身であること、またこけしの描彩者は昭和11年までは故石田二八、その後は五十嵐天外が描いたこと、二八は盃の絵や漫画を描き、天外は看板屋であったこと」等を報告している。達也の記事は以上の二件しかない。少なくともいわゆる水野達也の描彩は二種あることになる。
 鹿間時夫は「(〈こけしと作者〉で写真掲載された)鈴蘭模様は新型臭いもので、あまりよい出来でなかったが、未紹介の物にかえって面白い珍品がある。昭和17年ころの物で紫青の葉をつけた菊を描き、表情に嫌味少なく木地山一般型としても通用しそうである。たぶん五十嵐天外描の物らしい。」と〈こけし辞典〉に書いている。
水野達也がどのような経緯でこけし製作を始めたのかよくわからない。木地挽の造形は木地山に近く。小椋米吉の影響が感じられるが、水野が米吉の弟子であったのかどうかも定かではない。
没年月日は不明である。
 
〔作品〕下掲は〈こけしと作者〉掲載の水野達也で、鹿間時夫が新型臭いと言った鈴蘭模様のこけし。


〈こけしと作者〉掲載の水野達也8寸

下掲の水野達也名義の作品は、達也の木地、天外の描彩になるものと思われる。鹿間時夫が「面白い珍品」と呼んだもの。


〔30.6cm(昭和14年頃)(高井佐寿)〕

〔伝統〕木地山系 深沢要は「無伝統、共作品」と判断していた。

〔参考〕

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