渡邉富士雄

渡邊富士雄(わたなべふじお:1948~2007)

系統:土湯系

師匠:今泉源治

弟子:

〔人物〕昭和23年12月1日、福島市の校長渡邉利一の長男に生まれる。昭和41年3月に福島県立福島工業高校卒業し、上京して田中土建工業株式会社に入社した。昭和54年30歳の時に父が急逝したため帰郷し、その後福島で自営業として建築の設計・施工の仕事を行った。
青年の頃はこけしに全く興味が無かったが、東京での生活び中で物産展等で度々で見た郷里の土湯こけしに愛着を持つようになった。そこで、昭和57年10月に土湯の今泉源治についてこけしの製作を学ぶようになった。こけしも修業当初より作るようになった。
仕事の合間の製作なので量産はできなかったが、平成7年福島県で行われた第50回国民体育大会では、出場選手への記念品こけしを師匠今泉源治とかなりの量を製作したことは、富士雄の工人活動の良き思いでの一つとなった。
福島市荒井にある「四季の里」での実演も行っていたが、平成19年7月19日に急逝した。行年数え年60歳。先人の型の研究や挑戦にも意欲的であり、今後を期待されていたが早世が惜しまれる。
 

〔作品〕下掲は右より、師匠であった今泉源治にゆかりのある先代の作を写したもの。右より浅之助型、作蔵型、および鯖湖型。浅之助は師匠今泉源治の曽祖父に当たる渡辺作蔵の兄、また鯖湖の渡辺角治は作蔵の二男にあたる。
面描などは良くそれぞれの特徴をとらえている。これらは完成という段階にまで至らぬものもあったが、それなりに味わいのある作品であった。、


〔右より 18.4cm 浅之助型、18.7cm 作蔵型、18.5cm 鯖湖型(平成10年4月)(中根巌)〕


〔右より 18.4cm、18.1cm 本人型、18.1cm、18.3cm 由吉型(平成10年4月)(中根巌)〕

今泉源治の本人型を基本として富士雄自身の本人型を作ったが、次第に多彩なロクロ模様の独特なこけしに発展した。


〔25.0cm(平成13年)(高井佐寿)〕本人型

 〔伝統〕土湯系

 

〔参考〕

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