菊地勝三郎

宮城県柴田郡川崎村川崎の出身。明治7年頃の生まれ。青根の菊地きよし戸籍名きよは姉にあたり、きよしの婿が茂平(安政松年頃の生まれ)である。きよし、茂平夫婦の養子に山形出身できよしの甥にあたる孝太郎が入った。勝三郎は明治19年13歳で青根丹野倉治の工場に入り、佐藤久吉について3年間修業した。また姉の婿茂平も明治21年より久吉について木地を3年ほど学んだ。丹野工場以後の消息は不明。こけしも作ったといわれるが作品は未確認である。

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