阿部進矢

阿部進矢(あべしんや:1937~)

系統:独立系

師匠:阿部常吉

弟子:

〔人物〕昭和12年1月2日、山形県西田川郡温海町温海温泉の木地業阿部常吉の長男に生まれる。中学生時代より父の常吉について木地の練習をはじめ、昭和35年ころからこけしの製作を少しながら行うようになった。しかし、2~3年で止めて、上京しトラックの運転手として働いた。昭和39年3月29日に温海の剱持千代世と結婚、温海に落ち着いて、こけしもまた製作するようになった。
平成3年に父常吉が亡くなった後も、祖父常松以来の温海の独特なこけし継承に努めている。
製品はこけしだけではなく数々の木地玩具があり、その人気もまた高い。
平成26年には鳴子の全国こけし祭りで実演を行なうと同時に、トークショーにも出演し、木地玩具製作への意欲や、収集家の注文に応じる苦労話などを披露した。



温海 阿部常吉・進矢一家
後列右端 常吉、二番目進矢 撮影:武田利一

阿部進矢 平成26年9月
阿部進矢 平成26年9月 鳴子全国こけし祭り会場


鳴子 トークショー 平成26年9月

〔作品〕進矢は父常吉の作風を忠実に継承することからこけしの製作を始めた。


〔右より 24.7cm(昭和43年9月)、25.7cm(昭和44年3月)(高井佐寿)〕

当時、常吉は蒐集家からの要請で、その父常松の復元や、自分の昭和初期の作の復元などを行なっていたので、進矢もまたそうした古い温海の作を学ぶ機会があった。
初期の頃には、下掲写真のような小寸の衒いのない自然体のこけしも作っていた。

〔右より 11.7cm、12.2cm(昭和45年ころ)(橋本正明)〕
〔右より 11.7cm、12.2cm(昭和47年)(橋本正明)〕

次第に進矢特有の作風も生まれ、下掲写真のように眼点を右あるいは左に寄せて描く横睨みのこけしを盛んに作るようになった。


〔右より 24.0cm、24.0cm(平成10年)(高井佐寿)〕


〔24.0cm(平成11年)(高井佐寿)〕

進矢自身は多様な木地玩具の作者であり、またそれを楽しんでいる風もある。こけしも木地玩具の一つといった姿勢があり、童心を捉えるほのぼのとした作風と、遊び心あふれる様々な工夫は、若手の収集家、女性の収集家を夢中にさせている。

系統〕独立系。祖父常松は、木地の系譜は土湯系、様式は青根、蔵王高湯の要素を取り入れて独自の作風を確立した。独立系に分類される。

〔参考〕

[`evernote` not found]