渡辺恒彦

渡辺恒彦(わたなべつねひこ:1939~2011)

系統:土湯系

師匠:今泉源治

弟子:渡辺重吉/竹石秀徳

[ 人物] 昭和14年3月19日、土湯旅館業山根屋渡辺彦平の二男として土湯に生まれる。山根屋渡辺作蔵は曾祖父、久吉は祖父にあたる。 飯坂の喜平は彦平の弟、恒彦の叔父にあたる。昭和46年ころより今泉源治について木地を修業、こけしの製作を始めた。今泉源治は作蔵の二女サイの孫にあたる。曾祖父作蔵の型、作蔵弟角治の鯖湖型を作った。土湯に下る入り口近くに一望館という旅館を経営、その傍らこけしを製作した。昭和51年に土湯の渡辺重吉に、平成10年には竹石秀徳に木地挽きを教えた。その後、旅館が人手に渡り、土湯から離れた。
平成23年12月9日没、73歳。初出文献は〈こけし辞典〉、辞典の校正段階で三行のみの項目が追加できた。

木地を挽く渡辺恒彦。昭和52年。

木地を挽く渡辺恒彦。昭和52年。

左:二代目佐久間虎吉 右:渡辺恒彦 昭和54年

[作品]  今泉源治に木地を学んだ当初は土湯の一般的なこけしを製作していたが、間もなく曾祖父作蔵の型を作るようになった。作蔵型は西山憲一渡辺忠蔵などが作ったが、恒彦のものは作蔵の癖にあまりこだわらず、自然で清新な作風だった。下掲は作蔵型製作の最初期のもの。 まだ渡辺忠蔵の作蔵型を写している。

〔17.2cm(昭和46年10月)、17.3cm(昭和46年8月)(橋本正明)〕 作蔵型
〔17.2cm(昭和46年10月)、17.3cm(昭和46年8月)(橋本正明)〕

昭和52年には西山辨之助作かと思われる尺の黒こけしを参考にして最盛期の作蔵を思い描きつつ製作したこけしもあるが、完成度の高いこけしで恒彦の力量を十分に示す作だった。

左:西山辨之助古作 右:渡辺恒彦昭和52年作
左:西山辨之助古作 右:渡辺恒彦〔30.2cm(昭和52年)(橋本正明)〕

平成8年ころより作蔵弟角治の鯖湖型も作るようになった。

[伝統] 土湯系湊屋系列

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