堂号

中国の文人たちが自分の書斎に好んで趣のある名称をつけ、それを扁額に刻んだり、蔵書印に刻したりした。その書斎の名称を堂号という。こけし愛好家も、自分のコレクションやこけしを並べる書斎に堂号を付ける風が盛んに行われた。

久松保夫の堂号「木偶坊」

久松保夫の堂号「木偶坊」

堂号の歴史に関しては、「唐の李泌という人がその室を端居室と号して、これを印に刻して用いた。」という記録があるから、唐時代には既に堂号をつけてその印を作るという風があったと考えていいだろう。堂号命名については例えば清朝蔵書家の第一人者として知られる黄丕烈(こうひれつ)は北宋版と南宋版の「陶淵明詩集」を二種もっていたので「陶陶室」といった。また後に、宋版本を百種蒐集したので「百宋一廛」(ひゃくそういってん)と号した。
皇帝の堂号として最も知られているのは、清の乾隆帝の書斎「三希堂」であろう、この三希という命名は乾隆帝が所蔵していた四世紀東晋時代の書、「王羲之の快雪時晴帖」、その息子「王獻之の中秋帖」、もう一つ「王珣の伯遠帖」、この三つの希な宝を蔵したからである。
日本においては内藤湖南が、司馬遷の「史記」の宋版本を手に入れて「宝馬庵」と号し、晩年には漢の許慎の著である「説文解字」の唐写本を得て「宝許庵」と改めた。湖南にならえば、運七をもって「宝運庵」などというところである。
この堂号に類した文字の用い方であるが、「平家建てに”何々楼”はおかしいし、小さな家に”何々閣”もおかしい。要はその家、その室によって適切なものを選ばなければならない。」と言われる。ただ一方で、明代の書家で文人の文徴明は、印面に停雲館を刻して、それを架空の部屋があるものとして堂号にしたと言うから、この手でいけば実際の自分の家や部屋の姿などあまり気にせず好きな文字を選べばよいのかもしれない。

堂号に通常用いられるのは、大体次のようなものである。こけし蒐集家の堂号を参考に付す。

  • 庵(あん=いおりの意)こけし関係では庵を用いる場合が極めて多い。百兎庵(村松茂)、集古庵(浅野一恕)、鳩笛庵(加藤増夫)、木あみ庵(植木昭夫)、こけし庵(雲井聖山)、古戯子庵(深沢要)などがある。
  •  館(かん=やしきの意)箕輪新一、橋本正明両氏共同の資料館を古華子館といった。
  •  坊〔=いえ、へやの意〕久松保夫氏の有名な木偶坊(でくのぼう)がある。(作蔵の顔の横に木偶坊と書かれた丸い蔵票は小野洸氏のデザイン。
  • 家(や、いえ=すまいの意)川口貫一郎氏の「こけしの家」がある。
  • 居(きょ、い=すまい、いどころの意)戦前青山一歩人氏は子迎子居と号した。「木でこ」の有力な執筆陣の一人であった伊藤正義氏は「対山居」というペンネームをしばしば用いていた。
  • 舎(しゃ=やどり、いこうの意)西沢笛畝氏は比奈舎(ひなしゃ)、厖大な蒐集品を蔵する柏崎の岩下祥児氏は痴護之舎(ちごのや)と号した。痴護之舎の名付け親は、名古屋の濱島静波氏であったらしい。西田峯吉氏は鳩笛舎(きゅうてきしゃ)。
  • 処(しょ=すむ、おちつくの意)武田利一氏の「こけし娯処」がある。
  • 亭(てい=あばらやの意)毎月の「瓦版」で活躍した大浦泰英氏は木形子亭という。
  • 洞(どう=ほらあな、転じて家の意)橘文策の木形子洞は戦前の頒布で有名。橘頒布のこけしの胴底には木形子洞頒布のレッテルが貼られていた。木形子洞頒布は頒布時期が特定できるので、このレッテルを持つこけしはこけしの制作年代確定の指標となる。仙台の天江富弥氏は小芥子洞と号した。
  • 堂(どう=表座敷、屋室の意)鹿間時夫氏の「人・風土」で有名になった名古屋の山下光華氏は木華子堂といった。また西田静波氏の亀楽堂がある。鈴木磯吉氏は「鼓堂」、彼は磯吉より鈴木鼓堂の名で知られている。
  • 園(えん=はたけ、別墅の意)米浪庄弌氏の「おけし園」は有名、「於芥子園」とも書いた。
  • 楼(ろう、たかどの、二階建ての家の意)大阪の阿部四郎氏は木形子楼と号した。木形子楼の名物勘内は転々として「こけし賛荘」の所蔵となり、こけし辞典原色版を飾った。
  • 荘(そう=しもやしきの意)寺方徹氏の古慶子荘、佐治信太郎氏の古美術荘がある。先ほどの「こけし賛荘」は小山信雄氏である。
  • 房(ぼう=へや、いえの意)弘前の木村弦三氏は朱魚房と号した。伊予の木原茂氏は、「こけし房居」といっていたが這子と発音の関係からであろう。名古屋こけし会の矢田正生氏は木精遊房。
  • 塔(とう=高層の建物の意)武井武雄氏の蛍の塔、森田丈三氏のこけしの塔がある。
  • 庫(こ、くら=貯蔵するところの意)戦前大阪住吉の岸本彩星童人のコレクション、子寿里庫(ねずりこ)が有名であった。「ねずりこ」はおしゃぶりの意。ほかに矢内謙次氏の木眸庫(きぼこ)、山本直三郎氏の木形子宝庫がある。
  • 室(しつ=いえ、すまい、へやの意)橋本正明氏の木人子室。

こけし関係ではいままであまり使われていないが、この他には、
•  軒(けん=のき、ひさしの意、転じて家)
•  屋(おく=やね、すみかの意)
•  巣(そう=とりのす、転じて住居の意)
•  盧(ろ=いおり、かりやの意)
•  閣(かく=たかどの、二階建ての意)
•  龕(がん=寺の塔、堂の意)
•  苑(えん=そのの意、垣なき畑)
•  窟(くつ=いわや、むろの意)
•  斎(さい=へや、学問するへやの意)
•  墅(しょ=なや、かりのいほりの意)
•  廛(てん=ものを嚢に入れてしまう部屋)
•  舫(ぼう=もやいぶねの意)
などが一般に多く用いられる。

二字では
草堂、精舎、山房、山館、山荘、間房、茨室、香閣、古屋、書屋、書房、書院、画室、画廊、印室、小榭などが用いられる.
二字の例として、石井眞之助氏の「こけし草堂」、綾秀郎氏の「こけし精舎」などがきれいである.中屋惣舜氏の「こけし娯屋」は古屋の音に娯を仮借したものである。音の仮借としては庵(あん)の代りに闇(あん)や盦(あん)が用いられる場合もある。
こけしコレクションの堂号は、「こけし」やそれに相当する語句(きぼこ、きでこ、でく、人形、雛等)の下にこれらの宇をつけて出来ているものが多い。もちろんこけしと無関係な語を用いても良い。自分の好きな産地名や工人名を入れるのもよい。結局は、格の低い俗なものにならなければ良い。

こけし胴底に貼られた堂号印

こけし胴底に貼られた堂号印

なお、自分の堂号の蔵票を作って胴底などに張る場合、もし旧蔵者の蔵票が貼ってあったならその蔵票は剥がさず、自分の蔵票を少し重ねて貼るのが良いとされる。来歴も貴重な記録となるからである。

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