小椋捨次郎

小椋捨次郎(おぐらすてじろう:1928~2014)

系統:木地山系

師匠:小椋泰一郎

弟子:本間功

〔人物〕 昭和3年12月25日、川連大館小椋泰一郎・たかの次男に生まる。成人になると横浜にでて勤め始めたため、専門にこけしを作ったことはない。木地の修業も正式にしたことはないが、父泰一郎の仕事を見て育ったので簡単なものは挽くことができる。こけしもいたずら程度に描いた。〈美と系譜〉で紹介された。
平成13年以降、三春文雄、本間功、小椋英二らの木地に頼まれて描彩を行った。これが縁で平成14年4月に小椋捨次郎は十文字を訪れて、本間功を訪問し、功に泰一郎型の木地と描彩を伝授した。以後本間功は泰一郎型のこけしを製作するようになった。
平成26年12月14日神奈川県戸塚にて没、行年87歳。

本間功に描彩指導する小椋捨次郎(奥) 撮影:阿部均
本間功(手前)に描彩指導する小椋捨次郎(奥) 撮影:阿部均 平成14年

〔作品〕 時々川連に帰り阿部平四郎の木地に描彩したものが少数知られている。〈美と系譜〉の作は昭和39年に平四郎木地に描彩したもの。このほかに昭和44年1月東京池袋西武百貨店、昭和45年5月小田急百貨店で平四郎が実演したとき、遊びにきた捨次郎がロクロを借りて挽き描いたものが十数本知られている。自挽きのこけしで残っているものは限られた数しかない。正式に修業し専門に作った経験はないが、父泰一郎のこけし製作に間近で触れていたため、流石に木地山の正統な味わいを出し、のびのびとした作風の佳品を作った。
〔20.5cm(昭和45年5月20日)(橋本正明)〕 〔16.6cm(昭和44年1月17日)(橋本正明)〕
〔右より、16.6cm(昭和44年1月17日) 西武百貨店にて、20.1cm(昭和45年5月20日) 小田急百貨店にて(橋本正明)〕

平成13年5月、秋田こけし会の依頼により三春文雄の木地に描彩を行った。また平成14年には伊勢こけし会の依頼により本間功、小椋英二の木地にこけしの描彩を行った。

〔右から 24cm(15歳頃?)、21.9cm(朴材、昭和49年11月27日の書き込みあり。阿部平四郎木地)、18cm(平成13年5月26日秋田こけし会頒布品、木地は三春文雄、復活初作)(沼倉孝彦蔵)〕
〔右から 24cm(15歳頃?)、21.9cm(朴材、昭和49年11月27日の書き込みあり。阿部平四郎木地)、18cm(平成13年5月26日秋田こけし会頒布品、木地は三春文雄、復活初作)(沼倉孝彦蔵)〕

〔右から 9.6cm(昭和49年8月23日)、18cm(前掲の写真左端と同じ・三春文雄木地)、24cm(平成13年11月20日・三春文雄木地)、17.7cm(平成14年4月6日・自挽き木地)(沼倉孝彦蔵)〕
〔右から 9.6cm(昭和49年8月23日)、18cm(前掲の写真左端と同じ・三春文雄木地)、24cm(平成13年11月20日・三春文雄木地)、17.7cm(平成14年4月6日・自挽き木地)(沼倉孝彦蔵)〕

〔左から 24cm(平成14年小椋嘉市型・伊勢こけし会頒布)、30cm(平成15年・米吉型・伊勢こけし会頒布)(沼倉孝彦蔵)〕
〔左から 24cm(平成14年小椋嘉市型・伊勢こけし会頒布)、30cm(平成15年・米吉型・伊勢こけし会頒布)(沼倉孝彦蔵)〕

〔伝統〕木地山系。泰一郎の型を伝承。

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