古緒里民芸店

昭和21年より昭和43年まで、福岡市薬院昭和通62にあった郡憲輔経営による民芸店。民芸品と郷土玩具やこけしを扱った。憲輔の先代から続く郡文園堂古書店(福岡市橋口町)内に昭和9年より、新たに玩具やこけしをならべて販売したの… 続きを読む

国分惣作

明治14年10月21日、宮城県刈田郡福岡村字本154の国分寅吉、とめの長男として生まれた。明治22、3年頃、新山栄五郎が弥治郎で独立して初めて雇用した弟子の一人となった。こけしを製作したかどうかは不明であるが、惣作が弟子… 続きを読む

国分栄一

〔人物〕 昭和7年7月19日、白石町清水小路の国分栄七の長男に生まれる。戸籍表記は國分榮一。祖父は福岡村沼の国分徳治、徳治の兄寅吉の息子が国分惣作である。惣作は新山栄五郎の弟子であった。国分陞は弟である。 栄七は次男であ… 続きを読む

国分佳子

〔人物〕昭和33年5月7日生まれ。こけし工人国分栄一の長男則夫に嫁した。昭和63年頃より義父栄一の指導を受け、栄一の木地に描彩を行うようになった。   〔作品〕義父栄一の勘内型を継承したこけしを主に製作した。&… 続きを読む

国分陞

〔人物〕戸籍表記は國分である。國分陞は昭和20年3月9日に國分栄七、十二日(とにか)の五人兄弟の末子(男2人・女3人)として白石市に生まれた。兄は榮一、鎌田文市の妻さくよは叔母(栄七の妹)にあたる。陞の祖父徳治の兄寅吉の… 続きを読む

こけし応用品

こけし応用品は、こけしの形態を応用して製作された品で、こけし蒐集時代の初期から今日まで種々の目的を持って各種作られてきた。 昭和22年12月、川口貫一郎は、「こけし応用雑器の栞」を上梓して、75種のこけし応用品を紹介した… 続きを読む

こけし句会

昭和23年ころから、作家福田清人が中心となって西荻窪で催されていた句会。大日本国語辞典の編集者松井簡治の息子でその校正にも携わった松井驥(駑十)などもこの句会に参加していた。昭和26年6月にこの句会の句友19名が10句づ… 続きを読む

木形子研究会

昭和11年2月、同人の橘文策、田中幸男、浦野泰正、野々垣勇吉、米浪庄弌、佐野三壷、岸本彩星、柴田武太郎によって結成。事務所は橘文策方(大阪市東区道修町3-9)。 大阪市高島屋百貨店でこけし展覧会を昭和12年1月5日~10… 続きを読む

こけしのアルケオロジー

「アルケオロジー(archéologie)」とは本来「考古学」を意味するフランス語。ただフランスの哲学者ミシェル・フーコーが「知の考古学」などで「アルケオロジー」という言葉を使いだしてから、すこし特別の使われ方をするよう… 続きを読む

こけし夢名会

菊本栄次、鹿間時夫、白鳥正明、橋本正明、箕輪新一を同人として運営し、昭和43年9月発足したこけし頒布会。ほぼ半年間頒布、その後自然休会となった。 「近来こけし界の一部でこけしの伝統論に束縛され、一部有名工人の定型化された… 続きを読む