佐久間弥七

佐久間弥七(さくまやしち:1822~1880)

系統:土湯系

師匠:佐久間亀五郎

弟子:佐久間浅之助/渡辺作蔵/西山濱吉

文政5年、奥州信夫郡土湯村の木地業稲荷屋佐久間亀五郎、キジの長男に生まれた。西屋の養子に入った西山濱吉(二男)は弟である。幼少時より父につき木地修業。父創案のでこに工夫し、首の回る弥七でこを作った。15歳で父に死別し、母が綱取りをしよく働いて稲荷屋の財産を築いた。エ具の製作についても二本松辺の野鍛冶を探り、技術を学ぶなど苦心した。こけしの赤色はベニガラ、黄色はキワダの皮を煮つめて使った。妻タカは二階堂藤四郎の二女、浅之助、作蔵、民之助、ヤスを生んだ。弥七の作品は現在確認されていない。稲荷屋(湊屋)のこけしの完成者であるから、今残る伝浅之助、作蔵、西山辨之助の作風からその様式を偲ぶしかない。明治13年7月19日没、59歳。

佐久間弥七過去帳

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